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「支援学級」は障害児差別?!国連の指摘を受けて考える、日本教育のあるべき姿

「支援学級」は障害児差別?!国連の指摘を受けて考える、日本教育のあるべき姿

#SHOW CASE
  • 質の高い教育をみんなに

国連障害者権利委員会は9月9日、日本における障害者の権利保障の状況に関する報告書を発表しました。90項目以上を改善するよう勧告された中、特に話題を呼んだのが小中学校における「特別支援学級制度」の廃止の要請です。
報告書の中で委員会は、障害児を分離する特別支援学級制度に懸念を示し、すべての生徒が共に授業を受けられる「インクルーシブ教育」の推進を政府に強く求めています。

それに対し文部科学省は13日、勧告に応じてインクルーシブ教育を可能な限り推進していくと述べると同時に、「特別支援教育を中止することは考えていない」と特別支援学級の整合性を主張しました。
SNSでは「今の日本の教育体制のまま特別支援学級が廃止されれば周りの生徒が『お世話係』を強いられる」といった変化に後ろ向きな意見や、「今こそ教育面の予算を増やすべき」との変化を求める声などが飛び交いました。

果たして、今後日本の教育現場はどうあるべきなのでしょうか?ロンドンにいる筆者がイギリスの大学准教授に取材しました。インクルーシブ教育の根底にある理念を参考に一緒に考えてみましょう。

インクルーシブ教育とは?

国連が障害者権利条約の元で原則として推進するインクルーシブ教育とは、能力やニーズによらず、すべての生徒を受け入れる教育システムのことを指します。つまり、国籍や人種、宗教、ジェンダー、そして障害の有無に関わらず、本人や家族が望む限りすべての生徒が必要なサポートを受けながら通常学級で学べる環境こそが、インクルーシブな教育環境なのです。

インクルーシブ教育の実現は、障害者をはじめとした社会において排除されがちなマイノリティが社会参画するために必要不可欠だと、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン教育研究所副学部長兼インクルーシブ教育センター副所長のアメリア・ロバーツ准教授は述べます。

「私は個人的に、教育の場における完全なインクルージョンが最終ゴールであるべきだと考えています。障害児が教育の場において排除されると、彼らは偏見やステレオタイプから脱却できず、大人になってから社会の一部になるのが難しくなるからです。しかし、義務的にインクルージョンを進めるのではなく、適切なロードマップを設計した上での計画的な取り組みが大切です。学校に適切な資金が与えられず、教師も適切に訓練されなければ、インクルーシブ教育の実現は現実的ではありません。」

しかし、特別支援教育を中止する考えはないとする日本において、完全なインクルーシブ教育の実現に向けた議論は進んでいくのでしょうか。

国連と文科省の大きなズレ

障害者権利条約の第24条には、締約国は「障害者を包容するあらゆる段階の教育制度及び生涯学習を確保する」そして、「障害者が障害に基づいて一般的な教育制度から排除されないこと」を確保するとあります。
ここにおける「障害者を包容する教育制度」は、正文では「inclusive education system」とあり、つまり障害児を含むすべての児童が共に教育を受けられるインクルーシブ教育が原則として想定されているのです。

しかし、現状の日本語訳ではインクルーシブ教育制度の明記はありません。「inclusive education system」を「障害者を包容する教育制度」とする日本政府の翻訳は「不明瞭である」との指摘が2010年になされており、条約に込められた意図を適切に反映したものではないとの見方もあります。
また、その当時日本政府は特別支援学級が「一般的な教育制度」に含まれていると判断しています。そのため、障害のある子供たちを分離した教育環境は直接的に条約に反していないと言えるのです。

「障害者を包容する教育制度(inclusive education system)」を、単に障害のある人が教育を受けられる環境を指すのか、あるいは障害のない人と共に教育を受けられる環境を指すのか、といった認識のズレは、日本のインクルーシブ教育の議論に歯止めをかけている一因であると考えられます。

しかし、特別支援教育は一人一人に対し最適な授業を提供できるという点では有意義であり、世界的にも障害のある子供たちが特別支援学級を選択できる国は多くあります。完全なインクルージョンと特別支援は対立したもののように捉えられがちですが、それぞれがお互いを補うことや、インクルーシブな視点をもった特別支援学級をつくることも可能なのではないか、専門家の意見をふまえて改めて考えされられました。

世界ではインクルーシブ教育をどう実現している?

インクルーシブ教育に対して国際水準と比較すると否定的な姿勢を見せる日本ですが、世界の国々はインクルーシブ教育に対してどのような姿勢を持って取り組んでいるのでしょう。

インクルーシブ教育に力を入れるアイスランドでは、まさにインクルーシブ教育自体が国の教育方針の基盤となっています。教育省が2011年に策定した国家カリキュラムにおいても、教え方・学び方の多様性を肯定するなど、インクルーシブ教育を実践しやすい教育環境づくりを重要な要素としています。

また、専門家が学校の職員に教育学、心理学、発達学、社会学などの知見を共有したり、生徒のカウンセリングを実施したりと、学校側と生徒・家族側の双方をサポートし、障害児をはじめとした全ての生徒が問題なく通常教室での授業を受けられるような学校環境を作っています。
そのため、障害を持つほとんどの生徒はその他の生徒と共に通常教室で授業を受けています。もちろん、通常学級では適切な教育を受けることができないと本人や家族が判断した場合には、特別学級に通うこともできます。

アイスランドの教育政策を見ると、障害児のために特別に学校環境を変更するのではなく、全ての生徒のためにより良い教育を提供するための教育機関を育てるというまさにインクルーシブな視点が見えてきます。
ロバーツ教授は、「インクルージョン教育の障壁の多くは、教育システムそのものにある根本的な課題が原因となっている」と述べます。
これは、『障害児のために何をすべきか』ではなく、『すべての生徒のために何をすべきか』という話なのです。教師が十分な時間を持っていて、良い教材を準備し、教師同士が生徒について会話をし、質の高い授業をデザインできる学校を想像してみてください。それはすでに、よりインクルーシブな学校であるといえます。インクルーシブ教育に向けた第一のステップは、教育の中にすでに存在する問題を取り除くことなのです。」

障害者権利条約とインクルーシブ教育の背景にある理念、そしてアイスランドのインクルーシブ教育に関する取り組みをみると、重要なのは「全ての人間を同等として扱う」という基本的な考えであるように見えます。
障害者を障害者として分離して適切なサポートを提供するのではなく、さまざまなニーズを持つ人がいるからこそ全ての人が暮らしやすいユニバーサルな社会デザインを追求するという新しい考え方が、今後日本の教育現場にも求められるのではないでしょうか。

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