女性だけの健康サポートは不公平!?D&Iを推進するスプツニ子!が徹底解説
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企業が取り組むSDGsとして推進されるダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I)。多様性を尊重し、異なる価値観や能力を活かし合うことで、組織と個人が共に成長していくことを目指す取り組みです。
その中でも近年注目されているのが「女性の健康支援」。経済産業省が戦略的に健康経営に取り組んでいる企業を選定し株式市場での評価につなげる「健康経営銘柄」(※)がクローズアップされ、女性の健康支援がその評価項目に追加されました。さらに政府は2022年4月から不妊治療の公的医療保険適用を拡大、また「女性の更年期支援策」の検討を表明するなど、女性の健康課題へのアプローチはますます重要になっています。
※ 「健康経営銘柄」は、経済産業省が「国民の健康寿命の延伸」を目的に行う取り組みのひとつ。東京証券取引所と共同で、健康経営に取り組む上場企業を選定・公表している。(経済産業省HPより)
今回、 近年盛り上がりを見せているD&Iと女性の健康課題についてお話を伺ったのが、アーティストとして英国王立芸術学院の卒業制作で『生理マシーン、タカシの場合。』を発表し 、現在「D&Iを世の中の当たり前にし、誰もが自分らしく輝ける社会をつくる」をミッションにかかげる株式会社Cradle(クレードル)の代表、 スプツニ子!さん。国内外で活躍するアーティスト兼起業家として、そしてひとりの女性として考える「これからのD&I」についてお伺いしました。
日本社会が抱える「構造的差別」とは?
日本で一番理解が遅れているのが「構造的差別」だと語るスプツニ子!さん。
「構造的差別(structural sexism)」とは、「当人たちに差別する意識がなくても、社会や企業の構造によって特定の性別にとって不利な状況が生まれてしまうこと」を指します。
「英語圏ではだいぶ広まっていますが、日本では認知が遅れ、システム自体がまだかなり偏っています。政治家や企業の管理職、経営層などに男性が多いという過去の負債により、私たちのシステムのルール作りをするときに偏りが生じてしまっています」
例えば医療業界では、2018年まで医大が女性受験者を減点、排他してきたことが明るみになりました。 加えて、とくに地方では「女の子が勉強しても仕方ない」というアンコンシャス・バイアス(=自分自身は気づいていないものの見方、とらえ方の歪みや偏り)が未だ根深く、OECD「図表でみる医療2021:日本」によると日本の女性医師の比率はOECDで最下位です。この構造的な問題により低用量ピルや緊急アフターピルの承認に時間がかかったり、無痛分娩が普及しづらかったり、女性の健康問題がケアされづらい社会になっているとスプツニ子!さんは指摘します。
「こうした課題を考えるとき、よく言われるのが『男性・女性なんて関係ない、能力がある人がやればいい』『女性活躍推進なんて逆差別だよ』という意見です。先進的に聞こえる言葉ですが、今の世界でそれを言うのはまだ早い。たった3年前まで女性が医大受験で減点されていた社会の中で、現状の偏りや構造的差別を無視した『平等』は『公平』ではない、と考えています。」
女性の健康サポートは不公平? D&Iから考える「メタボ」と「生理」
こういった「構造的差別」への無理解・無関心は、企業のD&Iや健康経営の推進の障壁にもなると言います。
「未だに『女性だけの健康サポートは不公平ではないですか?』という意見をもつ企業があるんですね。現状の日本の健康経営の施策ではメタボ対策や禁煙支援がもっとも一般的。ただ実はデータを見ると、メタボは主に男性の病気であることがわかります。(「明治安田健康開発財団」より)
決定権を持っている層に男性が多いと、男性にとっての健康課題が社会の健康課題に見えるんです。一方で女性にとっての健康課題は、私の知る限りほとんどの女性が生理、妊娠・出産、更年期で悩んでいるのに、ジェンダーギャップのせいで課題自体がニッチ扱いされてしまう現状があります」
では、今の日本でこの「構造的差別」を無くし、D&Iを推し進めていくためにはどうしたらよいのでしょうか。
「一番の近道は、企業の構造のデザインを決めている経営者・管理職側に意識的に多様な視点、とくに女性の視点を入れていくことです。そうすることで、もっとワークライフバランスが改善されたり、社員がいかに仕事とプライベートを両立させながら企業を成長させていくか、という点を考えることができるのではないかと思っています」
目指すのは誰もが何かを諦めることなく、自由に生きられる社会
こうして国内外で仕事や活動を通じて感じた日本社会における課題解決をするため、スプツニ子!さんは2019年に株式会社Cradleを起業。
「キャリアのなかに妊娠・出産をどう位置づけるか、普段から友人と話していました。キャリアと身体が密接に関わる中で、そこを軸にどんなことができるのかな?と考え始めたのが事業を立ち上げたきっかけです。
その後、サービスの導入を検討する企業担当者にヒアリングを続けるうちに、妊娠・出産に限らずもっと広い範囲でサポートを必要としていたことがわかりました。生理、PMS、更年期、妊娠・出産の多岐にわたる身体の悩み、それから、なぜD&Iが重要か、企業の役員層や人事部の方たちが理解を深めることが必要だったのです」
今年4月に提供を開始する法人向けサービス「Cradle(クレードル)」では、オンラインセミナーや医療施設と提携しヘルスケアサポートなどを実施します。「Cradle」は2021年のβ版リリースから幅広い企業で導入され、4月からの本ローンチでもPOLA、Yahoo! JAPANといった大手企業への導入が決まっています。
「男性でも女性でも何かを諦めることなく、自分の働き方や生き方を広げていけるような社会をサポートしていきたい」と語るスプツニ子!さん。
「健康サポートをケアできればできるほど、仕事のクオリティもアップして離職防止にもつながると考えています。D&Iの知識だけでなく、健康の知識も伝えていくことで、経営者や管理職、社員一人ひとりの意識を変えていければと思っています」
日本でもD&Iへの取り組みを宣言する企業は増えているものの、そのフェーズはさまざま。しかし共通して言えるのは「現状を理解すること」です。誰もが自分らしく、そして組織と個人が共に成長できる社会を実現するために、まずは社会構造についての知識と自分の身体を知ることが第一歩になるのではないでしょうか。
■Cradle 代表 マリ尾崎(スプツニ子!)プロフィール
株式会社Cradle 代表取締役社長
MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ助教、東京大学大学院特任准教授を経て、現在、東京藝術大学美術学部デザイン科准教授。
2019年よりTEDフェロー、2017年より世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダー」選出。第11回「ロレアル‐ユネスコ女性科学者 日本特別賞」,「Vogue Woman of the Year」,日本版ニューズウィーク「世界が尊敬する日本人100」 選出など受賞。
■株式会社Cradle 公式HP
写真/窪徳健作
ヘアメイク/AKANE
WRITTEN BY / 佐藤真知子