国立競技場が笑顔で一つに。トップアスリートと走る喜びを体験する「パラ陸上教室」が描く共生社会の姿
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「できない」が「できた!」に変わる瞬間は、人に自信と未来への希望を与えます。10月19日に開催された「東京レガシーハーフマラソン2025」は、まさにその力を社会全体で分かち合うための舞台となりました。性別、国籍、障がいの有無といったあらゆる壁を取り払い、誰もが主役になれるインクルーシブな社会へ。この大会が掲げる力強いビジョンを象徴していたのが「第4回パラ陸上教室 in 国立競技場」です。この教室がSDGsの目標達成にどう貢献するのか。PRサポーターを務めるパラアスリート、谷真海さんの視点と共に、その意義に迫ります。
トップアスリートが集結した「パラ陸上教室」
「東京レガシーハーフマラソン2025」の大きな特徴の一つが、レース後に開催されるパラ陸上教室です。この教室は、障がいのある方たちが、トップアスリートも立つ国立競技場で、陸上競技を体験できる貴重な機会を提供しています。
開会式には、日本パラ陸上競技連盟会長の増田明美さんや東京マラソン財団理事長の早野忠昭さん、その他ゲスト選手たちも駆けつけました。司会のM高史さんが「スポーツの聖地でアスリートが感じた興奮や感動を体験し、次なる成長と新たな夢に繋げてほしい」と語ったように、このイベントの目的は技術指導だけではありません。「できる」という成功体験を通じて、参加者の自信と未来への希望を育むことに、大きな価値があるということです。
その思いに共感し、講師陣にも豪華な顔ぶれが揃いました。


「レーサー(競技用車いす)陸上教室」では、アテネ・ロンドンパラリンピック入賞経験を持つ関東パラ陸上競技協会代表の花岡伸和さんや、リオ・東京パラリンピックで2大会連続5000m入賞を果たした樋口政幸さん、車いすレースディレクターの副島正純さん、午前中に行われた東京レガシーハーフマラソン2025車いす女子優勝の仲嶺翼選手(写真中央)、そしてパラ⾞いす陸上コーチの寒河江核さんが直接指導にあたりました。
「フレームランニング陸上教室」は、日本パラ陸上競技連盟の手塚圭太さんと平松竜司さんが担当。
「チャレンジ陸上教室」では、ヤマダホールディングス陸上部のトップアスリートたちが走る楽しさを伝えました。東京2020オリンピック400mハードル代表の安部孝駿さん、アジア陸上競技選手権大会優勝の田中宏昌さん、日本選手権走り幅跳び入賞の小田大樹さんといった現役選手たちが、一人ひとりの特性に合わせたきめ細やかなサポートを行っていました。


最初は緊張していた様子の参加者も徐々に慣れてきたようで、競技用車いすやフレームランニングで広大なマラソンコースを駆け抜け、ゴール後には満面の笑顔がはじけていました。仲間と競い合ったりと、走る喜びに満ちた時間となりました。


谷真海さんが語る、一歩踏み出す勇気
この様子を、PRサポーターとして参加したパラアスリートの谷真海さんは、ご自身の経験と重ねながら見つめていました。「私も義足になった当初は『どうしたらいいんだろう』と不安でいっぱいでした。
でも、『あ、走れるんだ』と気づき、一歩踏み出す勇気を持ってから、世界が広がったんです」。
谷さんは大学在学中に病で右足を切断。不安の淵から彼女を救ったのは、スポーツとの再会でした。
その後、2004年アテネから3大会連続でパラリンピックに出場。走ることを通じて得た出会いや経験が、「この人生も楽しんでいける」という確信に繋がったといいます。


「スポーツを通じて、誰もが混じり合い、互いをたたえ、尊重し合える社会になっていけばいいなと思っています」と谷さんは話します。その言葉には、障がいの有無という垣根を越え、個性を認め合う社会への強い願いが込められていました。
スポーツが育む「心のバリアフリー」
こうしたインクルーシブスポーツの取り組みは、参加した皆さんにポジティブな影響を与えるだけでなく、私たち社会全体の意識を変える大きな可能性を秘めています。スポーツ庁も「スポーツを通じた共生社会の実現」を掲げており、この教室では、その理念が具体的な形で実践されていました。
ある調査によれば、パラスポーツを体験した人は、そうでない人に比べて、障がいのある人が困っているときに自然と声をかけられる傾向が強いという結果が出ています。合計71名が参加したこの日の体験は、「共に生きる社会」の種を蒔くきっかけになったのではないでしょうか。
こうした「心のバリアフリー」を育む取り組みこそが、未来へと受け継がれるべき真のレガシー(遺産)と言えるでしょう。


小さな「やってみたい」が未来を変える
「東京レガシーハーフマラソン2025」と、その中で開催された「第4回パラ陸上教室 in 国立競技場」は、スポーツが持つ多様性とインクルージョンの力を改めて示してくれました。障がいの有無を「不平等」の壁とせず、誰もが自分らしく輝ける社会を目指すその姿は、SDGsの目標10「人や国の不平等をなくそう」の実現に繋がるものです。
最後に谷さんは、参加者へ「何か一つでも頑張りたいと思えるものを見つけて、自分の世界を広げていってほしいなと思います」とエールを送りました。まさにその「やってみたい」という気持ちが、個人の可能性を無限に広げ、やがて社会全体を豊かに変えていく力になる。国立競技場のトラックを駆け抜けた子どもたちの笑顔が、そのことを何よりも示していました。
執筆/フリーライター 北原沙季






