「“昔ながらの梅干し”を守りたい」梅干し業界の課題に立ち向かう“梅ボーイズ”の取り組みとは
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食品衛生法の改正に伴う経過措置期間がまもなく終了し、6月1日から漬物の製造販売に新たな許可が必要となります。衛生の観点から一定の基準は必要ですが、これまで「ふるさとの味」として親しまれていた漬物が作られなくなってしまうケースも。そんな中、昔ながらの手作り梅干しを守るため立ち上がったのは山本将志郎さんです。2019年に「㈱うめひかり」を設立し、伝統の味を後世に残すべく志を同じくするメンバーと共に「梅ボーイズ」を結成――。そんな梅農家の山本さんに、食品衛生法の改正に伴う取り組みや、今後の展望について伺いました。
自然落下した梅と塩と紫蘇だけで漬けた梅干し
山本さんは和歌山県みなべ町で明治37年から続く梅農家の三男。北海道大学に進学後はがんの新薬の研究を行っていましたが、実家を継いだ兄が、「梅を栽培した後は、どの梅も甘い調味液で均一な味になる」と落胆しているのを見て、自分たちが子供の頃に食べていたすっぱい梅干しを守るべく梅農家に転身しました。
「一番大事にしているのは、梅の味を活かすこと。なので、添加物を使わず梅と紫蘇と塩だけで全商品を作っています。いま、梅農家になりたいという若者は減っています。そこで、僕たちがしっかりと梅の味を生かし、その梅干しが広まっていくことで栽培のやりがいに繋げたいと考えています」
実際に梅ボーイズの梅干しを口にしたところ、薄く柔らかな皮に包まれた果肉の中に梅の綺麗な味わいと自然と唾液が湧いてくる酸味があり、ごはんがいつも以上に進みました。この味にたどり着くまでに、どんな試行錯誤があったのでしょう。
「そうですね。やっぱり、人が美味しいと感じる濃度はあるので、紫蘇の配合や塩の濃度、梅の熟成具合などを少しずつ調整しながら40通りほど試しました。もともと研究者でしたし、全ては実験だと思っているところがあるんです。皮の柔らかさは、自然落下した梅をすぐに収穫して、その日のうちに漬けこむのがポイント。そのため6月の収穫期は1カ月間どこにも行けませんが、その方が確実に柔らかく、美味しい梅干しになるんです」
梅干し製造所を各地に作るべくCF立ち上げ
梅ボーイズとして、SNS等でさまざまな発信を行っている山本さん。注目が集まるようになったことにより、食品衛生法の改正に伴うさまざまな声も全国から寄せられるようになりました。
「和歌山においては、もとから梅農家は栽培がメイン、それをメーカーに卸すというように産業で分かれていたので、直接『うちは今後の製造は諦めた』という話は聞こえてこないのですが、SNSでは、『うちのおばあちゃんが毎年、梅干しを作って近くに卸していたのですが、今年は作らないみたいです』とか、地方でお花見の時期に梅干しを販売されていた方が『今年で最後だねと、皆で言い合いました』とか、そういう話はたくさんあります。
僕自身は決まったことに対してとやかくいうつもりはなく、新たに基準が出来たんだなーという感じです。それが理にかなっているかどうかはさておき、何かしらの基準は必要だと思いますので。ただ現実問題として、今回の改正で梅干し作りを辞めてしまう人がたくさんいるので、それは本当にもったいないし、日本の食文化の梅干しが、徐々に個人の味ではなくなっていってしまうのは寂しいなという気持ちです」
新しい食品衛生法は、漬物製造業許可を取得するために原材料や器具等の洗浄設備をそれぞれ増設しなければならず、高齢化が進む個人レベルの梅農家にはハードルが高いのです。そこで山本さんが神奈川や愛知の梅農家と連携して立ちあげたのは、梅干しの製造販売の許可を取得するために必要な要件を満たす製造所を、各地に整備するクラウドファンディングです。
当初の目標額は100万円でしたが、現在の支援総額は約740万円(5月15日現在)。2024年に収穫した梅を漬けた梅干しは希望者多数ですぐ定数に達し、現在は2025年度収穫分の梅を使った梅干しがリターンに加わっています。その数字から、無添加梅干しに対する人々の関心の高さが伺えます。「本当にありがたいことです」と山本さん。
梅産業の行く末を考え、耕作放棄地を買い付け
日々、増えていく支援者のために、さらに新たなリターンも加わりました。それは、三重で新規就農した若者が漬けた梅干し。梅業界全体の行く末を考えている山本さん、新規就農者に対してこんな思いを抱いています。
「新規就農者が増えるのは、もちろんありがたいんですけど、結構難しい部分もあって。とういうのも、梅農家になろうと思って畑を買って、イチから梅を植えたとすると、収穫できるまでに5~6年かかってしまうんです。その間、どこか研修先に行くと思うんですけど、独立をよしとして応援してくださる所だと、正社員として高い給料で招き入れるのは難しくて、時給制で研修生として招き入れることになります。その間の経済面の問題もありますし、実際に独立した後に自分一人で全部の作業が出来るかどうかという問題もある。新規就農者の気持ちも、雇う側の気持ちもわかる分、新規就農のハードルは高いなと」
そう考えた山本さんたちは、「梅農家になりたい!」という未来の若者のために、耕作放棄地を買い付けて先に畑を開墾し、梅を植えています。研修でイチから梅農家のいろはを教えつつ、いずれは畑を任せる農園長として育成するためです。
「大きな農業法人だと、トップが居て、その下に作業員というように階級が分かれている所がほとんだと思います。だけど、新規で農業をやりたい人は、自分が農園長になりたいはずなんです。自分が思うように畑を管理して、自分が思うように梅を育てるのが農業の醍醐味ですから。その一方で、いきなり畑を任せられるかと言うとそれは難しい。ですから、最短3年で農園長を任せられるような仕組みを作っている感じです」
研究者から梅農家に転身し、業界が抱える課題を解決すべく奔走中の山本さん。一農家に留まらないその取り組みは、今後どのように広がってゆくのでしょう?
「まずは昔ながらの梅干しの継承ですよね。食のことを考えると一次産業がすごく大事だと思うのですが、今は若い成り手が少ないので、その状況も変えていきたいです。そのためには、梅の栽培も、梅を漬けるのも楽しい仕事にならないと何も変わらないと思うので、そこを変えるために会社を作りました。いまやっと、一貫して栽培、漬け込み、商品作りをすることでブランドが確立してきて、生産者も少しずつ増えていく仕組みが出来てきました。今後は、縮小している梅干しの市場を広げていきたいと思っています。スーパーには調味梅干ししかないからと、梅干しを買うことを諦めてしまった方もいます。そんな方や未来の子供たちのために、昔ながらの美味しい無添加梅干しがあることを伝え続けていきたいですし、海外に発信もしていきたいですね。いま、オーストラリアと香港とパリにちょこちょこ出品しているのですが、本格的にはアジア圏を考えています。そして、梅業界全体に希望が見える形を作れたらと思っています」
取材・執筆/山脇麻生