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日本科学未来館の挑戦 「誰一人取り残さない」AI・ロボットとつながる未来を知る


この記事に該当する目標
3 すべての人に健康と福祉を 9 産業と技術革新の基盤をつくろう
日本科学未来館の挑戦 「誰一人取り残さない」AI・ロボットとつながる未来を知る

東京・お台場の日本科学未来館で10月に開催された『未来をつくるラボ Open Day』。LEDパネルを使った巨大な地球ディスプレイ《ジオ・コスモス》が浮かぶ会場で、最新の技術やサービスを一挙に体験できるイベントが行われました。その空間で感じたのは、「未来がわかるのではないか」という期待と、目の前の技術が今後の福祉の場面でも役立つだろうという確かなワクワク感。今回は、最新の技術やサービスの中でもSDGsの理念「誰一人取り残さない」社会の実現に不可欠な「福祉」に焦点を当ててレポートします。

科学を「展示」から「社会実装」へ

『未来をつくるラボ Open Day』は、研究者や企業が行う実証実験に来館者が参加し、来館者一人ひとりが「未来をつくる」一員になれるイベントが開かれました。科学技術を見せるだけでなく、「社会の中でどう生かせるかを実際に試す」、そんな日本科学未来館の理念を体現するイベントです。

館長の浅川智恵子さんは、「未来館を実験場にしたい」というビジョンを掲げ、科学技術が現実社会でどのように活かせるかを探る取り組みを続けています。

挨拶では「障がい者や高齢者、子どもを含むすべての人が科学技術を体験することで、社会実装が進む」と語り、科学が「誰かのためのもの」から「みんなでつくるもの」へと変化していることを感じさせました。

次に、今回のイベントにあたり、日本科学未来館が推進する複数の実証実験プログラムが紹介されました。視覚障がい者の自立移動を支援する『AIスーツケース』、遠隔操作で働ける『ロボット・リモートワーク』、そしてAIが科学コミュニケーターの知識や声を学び、来館者と対話する『AI“分身”科学コミュニケーター』など、いずれも社会の課題解決を見据えたプログラムで、来館者一人ひとりの体験や声が研究開発を加速し、社会実装を後押しする“未来社会の実験場”としてのミュージアムの可能性を実感することができました。

移動と情報アクセスの壁を壊すイノベーション

私たちの生活における大きなバリアのひとつに、「移動の制約」と「情報の格差」があります。日本科学未来館の実証実験では、この物理的・情報的な壁を最新技術でどう乗り越えようとしているのかが示されていました。

まず、行きたい場所に安心して行けることは、不平等をなくすとともに、ユニバーサルで住み続けられるまちづくりの根幹です。そしてこの壁を壊すために開発が進むナビゲーションロボットが日本科学未来館がパートナー企業や大学などと協力しながら研究開発を進める『AIスーツケース』。

この技術は、視覚障害者の自立した移動をナビゲートするパートナーロボットとして期待されています。

実際に大阪・関西万博では、延べ4,800人以上が体験し、満足度は約94%。見た目もシンプルでコンパクト、非常に使いやすそうな印象を受けました。AIスーツケースは、単なるサポート機器ではなく、利用者の声を受けて進化を続ける未来のパートナーとなるとイベント中も注目を集めていました。

耳からひらく、新しい情報体験

日本科学未来館では、知識や学びの機会への平等なアクセスを保障するために、情報のバリアフリーも追求しています。

耳から始まる展示体験として注目されていたのはGATARIと日本科学未来館が研究開発中の『サウンドMRガイド』。これは、音響技術(MR=複合現実)を使い、空間に音の情報を重ねることで、視覚に頼らず展示を楽しめる仕組み。

首からスマートフォンを下げてイヤホンを装着すると、自分の動きに合わせて音声が流れ、まるでその場に風景が広がるような臨場感を味わえます。視覚障がいの有無にかかわらず、誰もが同じ展示を共有できる点で、まさに情報のバリアフリーを体現していました。操作に迷うといったストレスもなく、視覚情報に頼れない人も、展示を深く理解し楽しむことを可能にする画期的な取り組みです。

また、AIが個人の特性に合わせて案内を最適化する『AIユニバーサルガイド・アプリ』もNHKグローバルメディアサービスと日本科学未来館が共同で研究開発を進行中。これは、興味関心、年齢、そして障がいなど、一人ひとりの特性に応じてAIがガイド内容を最適化するシステムで、一律の案内ではなく、個人のニーズに合わせた情報のバリアフリーを目指す取り組みが見られました。

共生と成長の哲学

テクノロジーと人が共に生きる社会の実現をめざす日本科学未来館。そこには、「人が成長し続けるための科学」という深い哲学があると感じました。

身体の制約を超える働き方として、AIロボット協会と東京大学などが研究開発中の『ロボット・リモートワーク』は、遠隔操作ロボットを通じて仕事を行う新しい労働スタイルを提案していました。自宅にいながら接客や案内を担当できる仕組みは、身体的な制約や地理的な距離を越え、誰もが社会とつながり続けられる未来を示しています。

さらに複数のロボットが動き回る様子も、実際に見ることができました。

特にヒューマノイドロボットは、これまでの産業用ロボットとは一線を画す驚くほどなめらかな動きを見せており、福祉分野はもちろん、あらゆる社会生活のサポート役として、その進化のスピードに大きな期待が寄せられます。

また、館内のハナモフロル・カフェでは、ソニーグループが研究開発を進める子どもの背丈ほどの小柄なロボット『ハナモフロル』が、来館者と穏やかに対話します。温かみのある声と動きには、まるでやさしさをデザインするという思想が込められているようでした。ロボットが“機械”ではなく“ともに過ごす存在”へと進化していることを感じさせました。

日本科学未来館とソニーコンピュータサイエンス研究所が協力した新たなAI活用の取り組みの中心には、「AIが人を超える」のではなく、「人とAIがともに成長する」という理念があり、その理念を表していたのが『AI“分身”科学コミュニケーター』でした。

これは、日本科学未来館の科学コミュニケーターの声や知識をAIが学び、来館者と自然に対話するというもの。AIは人に学び、人はAIを通して気づきを得る。この双方向の関係性は、まさに日本科学未来館が掲げる共創の哲学そのものです。

また、GMO AI&ロボティクス商事と日本科学未来館が研究開発する『対話型AIロボット』は多言語で展示を案内し、質問にも即座に応答。人と機械の境界を越えたコミュニケーションが、すでに日常に入りつつあることを感じさせました。

日本科学未来館にはアクセシビリティラボや研究エリアがあり、現在約10個のプロジェクトが進行中なのだそう。来館者の体験を通じてデータを収集・検証し、実際の社会に実装していくという、科学と人が共に成長する未来への実験が行われていました。

Open Dayで「自分ごと」になるSDGs

今回のイベントで感じたのは、AIやロボットが社会を効率化する道具ではなく、社会のやさしさを育てる存在になりつつあるということです。これらの技術は、誰もが安心して暮らせる社会を支えるための手段であり、SDGsの目標「すべての人に健康と福祉を」「不平等をなくそう」に直結しています。

浅川館長が語るように、科学技術の真価は体験によって磨かれます。AIスーツケースを操作するあなたの行動やロボットと交わすひと言が、次の技術を育てるフィードバックになるのです。

日本科学未来館は、未来を見せる場所ではなく、未来を共につくる場所。テクノロジーを通して社会をやさしく変えていく実験は、もう始まっています。


画像提供:日本科学未来館

執筆 / フリーライター 小見山友子