電化によって自動車業界の銅需要は3倍以上?脱炭素と銅の関係。
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「社会的なテーマとなっている脱炭素化のカギとなるのが銅」こう話すのは世界有数の鉱物資源メジャー、リオティントの日本法人で銅事業に携わる池上さん。
銅は抗菌性が高く、腐食にも強いうえ、熱や電気の伝導体としても優れた特性を持つことから広く利用されてきたメジャーな鉱物です。身近なところでは調理器具や水道管、車のラジエーター、電線、電化製品、パソコンなどで多くの銅が使用されています。また、補聴器の内部には小さなアンテナが搭載されているタイプのものがあり、そこでも抗菌作用の高い銅が使われています。
このように人々の生活を陰で支えてきた銅だが、近年、注目されているのは再生可能エネルギー分野での用途。
「脱炭素化を進めるために不可欠なのが“電化”です。象徴的なのは車。ガソリン車から電気自動車(以下EV)への移行が進みつつあるように、電化によってCO2排出量を抑える取り組みが進んでいる。そのなかで、金に次いで電気伝導率が高く加工性に優れている銅の需要が高まっているのです。一般的なガソリン車では20kgほどの銅が使用されていますが、テスラのEVでは60~80kgの銅が使用されています。完全電化ではありませんが、トヨタのプリウスなどのハイブリッド車でも多くの銅が使用されており、電化によって自動車業界の銅需要は3倍以上に膨れ上がっているのです」(池上さん)
このほか、数百軒の家庭の電力需要を賄うことができる1メガワットの風力タービン1基には3トンもの銅が使用されているという。これら電化と再生可能エネルギーへの需要の高まりによって世界的な銅需要は年1.5~2.5%ずつ増加し続けると見込まれています。
実はリオティントはかつて「銅の会社」と呼ばれた銅鉱山開発の老舗。1873年にスコットランド人起業家のヒュー・マセソンが率いる欧州の投資家グループが買い取ったスペイン・アンダルシア州を流れるリオティント川沿いにある銅鉱山が、同社が最初に手掛けた鉱山でした。
「147年もの歴史があるだけに、銅鉱山の開発力は他の鉱山会社よりも優れている。日本ではかつて住友金属鉱山が別子銅山で銅を産出していましたが、最も深い場所でも地表から1000m弱。ところがリオティントが手掛けるモンゴルのゴビ砂漠南部のオユトルゴイの地下鉱山は深度1500mも掘っている。銅鉱山を1000m以上も掘り進めるにはとてつもない技術力が要求されるものなのです」
こう話す池上さんは30年以上も銅事業に携わる“銅のプロ”。1987年に住友商事に入社して以来、銅畑を歩み、オーストラリアの銅鉱山開発の際に住友グループとリオティントがジョイントベンチャー(以下JV)を組んだ際には住友商事を代表してリオティントの担当者と折衝。その後、2011年にリオティントへ。新天地でも一貫して銅事業を担当してきています。
「住商を始めとした日本商社はいずれも世界の鉱物メジャーとJVを組んで鉱山開発を行っていますが、あくまで商社は投資家という立場。鉱山開発の技術的なノウハウは持っておらず、鉱山に資本を投下して、掘られた生産物を出資比率に応じて受け取り、日本企業に提供するという役割を担っている。やはり資源に関わる仕事をやってきた人間としては、資源メジャーでイチから鉱山開発に関われることはエキサイティングだし、メジャーがいかにして鉱山開発を手掛けているのか、中に入って見てみたいという思いもあって転職しました」
実際“中に入って”目の当たりにしたのは、桁外れに大きな鉱山開発プロジェクトだった。「現在のリオティントにおける銅部門の売り上げシェアは15~17%ほど。ポートフォリオ上は鉄鉱石を大きく下回りますが、それでも当社が手掛ける銅鉱山はとにかく巨大。前出のモンゴル・オユトルゴイの鉱山には見学者向けにモデルが飾ってあるのですが、その鉱体はアメリカ・ニューヨークのマンハッタン島に匹敵する大きさです。他の鉱山会社が擁する銅鉱山は十数年で掘りつくしてしまう規模のものが多いのですが、リオティントの銅鉱山は100年持つと言われている鉱山もあります」
オユトルゴイの鉱山は2011年に採掘が開始された世界最大級の埋蔵量を誇る銅と金の鉱床として知られています。坑内鉱山が完成すると年間生産量で世界4位の銅鉱山になるという。
このほかリオティントは同社と並ぶ資源メジャーの巨頭・BHP社や三菱商事、JX金属、三菱マテリアルとJVを組んで、チリ北部のエスコンディーダ鉱山という世界最大の銅鉱山を開発している。さらに北米アリゾナ州では北米の銅需要の最大25%を賄えると推計されている地下銅鉱山の開発プロジェクトが進行中。それは地下2000mより深い場所に堆積した銅を採掘する大プロジェクトだ。
ただし、リオティントの銅部門が握るマーケットシェアは決して大きくはない。「銅の業界は寡占化が進んでいないため、最も大きなシェアを握るチリのコデルコという銅公社でも10%程度。リオティントはアメリカのフリーポート・マクモラン社やBHPに次ぐ業界4番手で、シェアは4%程度。トッププレーヤーになれる位置にはありますが、シェア拡大よりも重要なのは安心、安全な操業です」
その安心、安全には環境への配慮も含まれる。鉱山開発の際には使用する地下水への影響などを科学的に分析する環境影響調査が不可欠だが、掘り終わった箇所は埋め直すなど、陥没や環境負荷を抑えるオペレーションも必須。リオティントではさらに一歩進めて、銅鉱山開発に使用するエネルギーの脱炭素化にもいち早く着手してきた。操業開始から100年以上経過しているアメリカ・ユタ州郊外のケネコット銅鉱山では、2019年に石炭火力発電所の運転を停止。代わりに風力と太陽光で賄われた再生可能エネルギー証明付きの電力を購入して操業を続けています。これにより、CO2排出量は毎年100万トン以上削減され、年間排出量は最大65%減を達成したという。
前出・チリのエスコンディーダ鉱山でもチリの豊富な太陽光資源と風力資源を活用して、100%再生可能エネルギーによる電力使用への転換を図っているそう。これは2025年までにチリ全体のエネルギー生産の20%を再生可能エネルギーで賄うことを定めた電力政策目標の達成を後押しするものでもあります。
今後、さらなる脱炭素化に向けた役割を担っているのが池上さん。
「これまでは銅などの原料を精錬して地金を作る精錬会社や商社などの既存のパートナー企業との関係維持が私に課せられた主な役割でしたが、現在は新たなパートナーシップの構築に取り組んでいます。
例えば、太陽光や風力発電などの再生可能エネルギー事業は盛んに進められていますが、天候・気候に左右されやすく安定供給が難しいという課題がある。そのなかで重要になってくるのが蓄電設備。自然任せで生産された電力を蓄積して、需要に応じて供給できる設備の構築が不可欠になってくる。この設備に銅が不可欠なんです。蓄電技術などに優れた日本のメーカーなどと新たなパートナーシップを組んで、新たな技術開発を後押しする必要があると考えています」
日本のメーカーには車載電池用やスマホ用の電解銅箔の製造技術などで世界をリードする企業もある。マイクロメートル単位の極薄で柔軟性に優れているうえに、“コシ”のある銅箔だ。銅を薄く延ばすほど銅の需要は減ってしまうが、自動車を始めとした製品の軽量化を通じて、脱炭素化に一役買っているのだ。リオティントによる新たなパートナー構築を経て実現する銅の分野における技術革新に注目したい。