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視覚障がい者はどう「日本列島の形」を知る?「3Dモデル」の可能性

視覚障がい者はどう「日本列島の形」を知る?「3Dモデル」の可能性

#SHOW CASE
  • 質の高い教育をみんなに
  • 働きがいも経済成長も
  • 人や国の不平等をなくそう

小さいころ、日本列島の形をどのように覚えましたか?ほとんどの人が、学校の授業や家庭などで日本地図を見て形を覚えたはず。では、生まれつき視覚に障がいがある人は、どのように覚えることができるのでしょう。
世の中には、視覚の情報なしではなかなか理解が難しい情報が数多く溢れています。とくに現代では、オンライン会議が主流になっていますが、画像や資料の共有を行い、視覚の情報が多くなりがち。話題のVRも、視覚ありきのコミュニケーションのため、視覚に障がいを持つ人との情報格差を広げることになりかねません。
そこで今回は、視覚障がい者との情報格差を解決するヒントとして、社会技術研究開発センター(RISTEX)の取り組みをご紹介します。

RISTEXは、SDGsを含む社会が直面する重要な問題を解決するために役立つ成果を創り出す研究の開発や支援を行っています。RISTEXの取り組みの中でも、今回は視覚障がい者との情報格差を小さくするために推進している「3Dモデル提供システム」についてご紹介します。

点字の限界を感じたことからプロジェクトが始まった

「3Dモデル提供システム」の取り組みは、独立行政法人大学入試センター 研究開発部の南谷和範教授を代表に、研究開発されているプロジェクト。このプロジェクトを率いる南谷教授自身も、生まれつきの視覚障がい者(全盲)であり、これまで独立行政法人大学入試センター 研究開発部 教授として、大学入学共通テストにおける障がい者への配慮を充実させる研究を行ってきました。しかし南谷教授は、その取り組みの中で、点字に頼った表現に限界があることを強く感じていたそう。

『たとえば数学の問題の中にはたくさんの図が使われているのですが、これを点字で再現するのはかなり難しいのです。そうした中、2010年代に入ってから3Dプリンターが一般向けにも流通し始め、これを活用することで模型を使って試験問題を出題できるのではないかと考え始めました。そしてその考えを深めていく中で、これは試験の改善や教育環境の改善だけに留まらない、視覚障がい者が置かれている情報環境改善に向けた取り組みとしてもっと深く、根本的に検討していく必要があるという結論に至り、2019年にRISTEXの「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(シナリオ創出フェーズ・ソリューション創出フェーズ)」のもとで今回のプロジェクトを始めることになりました』と、南谷教授。

オンライン化、VRの登場と、視覚を活用した新しいテクノロジーで世界が大きく変わる一方、視覚に障がいを持つ人にとっては情報格差が広がり、社会的活躍の機会が減る懸念があります。こうした現代社会が生み出すハードルに、3Dモデルで立ち向かっている本プロジェクト。この取り組みは、SDGs目標4「質の高い教育をみんなに」、目標8「働きがいも経済成長も」、目標10「人や国の不平等をなくそう」に繋がることだと言えます。

3D造形物の制作依頼が200件を突破!

「3Dモデル提供システム」プロジェクトでは2019年10月からの2年間、“シナリオ創出フェーズ”として、課題の明確化、解決策の検討、社会実装のロードマップ構築などが行われました。その後、2021年からはそれを自立的に継続可能な活動にしていく“ソリューション創出フェーズ”として、すでにいくつかの外部団体と協力しながら、実際のサービス提供を開始しています。

同プロジェクトに迎えられたのは、10年以上前から3Dプリンターを活用した取り組みを実施していた新潟大学工学部 教授 渡辺哲也先生です。渡辺先生の知見を活かしながら、まずは試験サービスとして視覚障がい者から個別にリクエストを募り、3Dプリンターで出力した造形物を送付する試験サービスをスタート。

渡辺先生によると、「サービスを開始した最初の半年でのべ21人の視覚障がい者から36点の3D造形物の依頼をいただきました。私たちの作業としては、依頼を元に適切な3Dデータを探し出したり、ゼロから作成したりするなどして出力し、それを依頼者に送付するところまでをやっています。依頼された3D造形物の内訳は建築物が約半数、具体的にはミラノ大聖堂やサグラダファミリア教会、国会議事堂などといった具合です。建築物以外では東京23区全体の高低差が分かる地形図や、視覚支援特別学校(盲学校)の先生が授業で使うための大きく引き延ばした硬貨なども提供しました」。

当初は、多数の3Dプリンターの活用方法に多くの課題があったものの、最近ではもっとチャレンジングなものも出力してみたいという欲も出るようになったそう! 視覚に障がいのない人なら、誰もが教科書やメディアで見たことのある歴史上の偉人の姿を3Dデータ化して盲学校に提供するという試みも行われ、大変喜ばれているようです。

こうした取り組みは、半年に一度行われるシンポジウムを通して伝えられています。認知度は徐々にアップし、2021年10月のシナリオ創出フェーズ終了時には3D造形物の制作依頼が200件を突破。2024年9月のソリューション創出フェーズ終了時までに1,000件を目標としているそうです。

南谷教授が3Dモデルで叶えたい未来

3Dモデルを通じて、視覚障がい者がこれまで見えなかったものを、触れて感じられるようにする取り組みを続けている南谷教授。現代社会に実装するフェーズに入った同プロジェクトは、障がい者向けのさまざまな情報サービスを提供している「日本点字図書館」に技術移転を行い、より安定的なサービス提供ができるように取り組んでいるそう。

南谷教授によると、「点字図書館以外にも高知県の『オーテピア高知図書館』に我々が制作した3D造形物を提供し、それを使って視覚障がい者だけでないさまざまな人たちの学習に役立てていただく取り組みを実験的に行っているところです。また、島根県の複合文化施設『グラントワ』では、美術館の所蔵品を視覚障がい者でも楽しめるよう3Dデータ化したり、施設そのものを3Dデータ化したりするなどして、美術館をユニバーサル化していこうという取り組みも始まっています」

またこれからの目標として、視覚障がい者が自ら操作し、出力できるユニバーサルデザイン志向の「生活者3Dプリンター」の開発などの技術開発にも注力されるそう。南谷教授が目指すのは、視覚障がい者のサポートだけに留まりません。

「今、日本には『サピエ』と呼ばれる、日本点字図書館が中心となって運営する視覚障がい者のための電子図書館が存在します。視覚障がい者の間では、ここから点字・音声図書をダウンロードして読書を楽しむというカルチャーがすでに定着しているのですが、我々のサービスも中長期的にはここを目指したいと考えています。つまり、視覚障がい者がネット上から好きな3Dデータを自由にダウンロードし、自ら3Dプリントして知りたい情報をより気軽に手に入れられる社会を実現するということです。もちろん、これを視覚障がい者のためだけのサービスにするつもりはありません。最終的には晴眼者(視覚障がい者ではない人)も含めたすべての人に使っていただけるものに育てていきたいですね」
3Dモデルを用いて、視覚障がい者とそうではない人が、ともに肌で感じながら情報を共有し分かち合う社会が、もうすぐそこまで来ているのかもしれません。

今後、ますますあらゆる場面でオンライン化、VR化が進んでいくと見込まれています。「誰一人取り残さない社会」を作る1つの手段となる「3Dモデル」。南谷教授が率いる「3Dモデル提供システム」の今後の動きに、ぜひ注目してみてください。

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