元トラックドライバーのジャーナリスト・橋本愛喜さんに聞く「物流とSDGs」目標8につながる「2024年問題」とは
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パーソナリティの新内眞衣さんとともにSDGsを楽しく分かりやすく学べるニッポン放送の『SDGs MAGAZINE』。4月28日の放送では、物流をはじめとした社会問題を中心に活動するジャーナリストで元トラックドライバーの橋本愛喜さんをゲストに招き、「物流とSDGs」にまつわる話を聞いた。目標8「働きがいも 経済成長も」にかかわるものとして、このところ取り沙汰されているのが「2024年問題」。労働環境の改善を目指し法整備が進む中での知られざる “現場の声”にスポットを当てた。
「今回と次回の2回にわたってお届けするテーマは『物流とSDGs』です。皆さん、最近『物流の2024年問題』というのをよく聞くかと思うのですが、どういったことかお分かりでしょうか?」。そう番組の冒頭で、新内さんはリスナーに問い掛けた。確かにニュースなどでよく聞くようになった「2024年問題」というワード。SDGsと物流のかかわりでいえば、まず分かりやすいのがトラックの排気ガスなど環境面だが、実は消費者にも大きな影響を及ぼす根深い問題が今、物流業界を揺るがしているのだという。
新内 「私たちの暮らしに欠かせない『物流』。いろいろなものが手軽に手に入るのは、全て『物流』のおかげですが、そこに最近出てきたのが『2024年問題』です。簡単にいうと『運送業界の労働環境の整理』のお話なのですが、これが一筋縄ではいかない、SDGs的には目標8『働きがいも 経済成長も』にもかかわってくる問題なんです。これがどういったものなのか、私たち消費者にもどんな影響があり、何ができるのかを、元工場経営者、トラックドライバーで現在は物流ジャーナリストの橋本愛喜さんをお呼びして、一緒に考えていきたいと思います。よろしくお願いします」
橋本 「よろしくお願いします」
新内 「すごく快活な雰囲気をお持ちの方ですね」
橋本 「(笑)」
【橋本愛喜さんプロフィール】
フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許を取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。労働問題、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆活動を行い、著書には『トラックドライバーにも言わせて』(新潮社)、『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA)などがある。各メディア出演や全国での講演活動も精力的に行っている。
新内 「もともとは工場経営者」
橋本 「はい」
新内 「トラックドライバーでもあったんですか」
橋本 「そうですね。本当は、歌も歌っていたんですよ」
新内 「あっ、そうなんですね!?」
橋本 「で、大学を卒業したらアメリカに音楽留学をしようと思っていたのですが、父親が大学を卒業する1カ月前に倒れてしまって、父親が経営している金型を加工する工場で仕事をやらなきゃいけなくなったんです」
新内 「はい」
橋本 「35人の職人さんがいらっしゃるので、私が夢を追いかけてアメリカに行くわけには、ちょっといかなくなって…」
新内 「えーっ!」
橋本 「で、この35人の職人さんに、私が言っていることを聞いてもらおうとすると、やっぱり堅物な方がやっぱり多いんですね。それは良いことでも悪いことでもあるんですけど、彼らに話を聞いてもらおうとするなら、自分が彼らと同じことをやりつつ、 彼らができないことをやらなきゃいけないっていって、乗り始めようと思ったのがトラックだったんです」
新内 「そうだったんですね」
橋本 「それで大型免許を取って、関東地方から、関西とか、上越…」
新内 「結構、ロング距離の」
橋本 「そうです。ただ、関東から関西で、私自身も長距離っていうふうに思っているんですけど、現役のトラックドライバーさんから言わせると、『散歩じゃん、そんなの』って言うんですよ(笑)」
新内 「(笑)すごい!」
橋本 「『そんなの、ちょっとそこまでの感覚だよ。関東から関西なんて』って」
新内 「何時間くらいかかるんですか」
橋本 「休憩を入れたら8時間かかりますけど、その8時間も楽しいので、すごくあっという間に走り終わっちゃうっていう感覚ではありましたね」
新内 「どのような種類の荷物を運んでいたんですか」
橋本 「大手自動車メーカーや家電メーカーさんから預かった金型ですね。金型を加工する仕事をやっていたので、それを研磨して、またその会社さんに戻すんです」
新内 「私のイメージですけど、結構重かったりしますか」
橋本 「めちゃくちゃ重いです!」
新内 「そうですよね、となると、重いトラックを運転していたってことですか」
橋本 「一番重い荷物を運べる大型トラックです。クレーンで、すごーく重たい金型を載せるじゃないですか」
新内 「はい」
橋本 「そうするとね、タイヤが、ミシミシッといって下がるぐらい。トラックが『重たっ重たっ』と言っているような。それぐらい重たいものを運んでいました」
新内 「そうなんですね」
そんな元トラックドライバーの橋本さんが問題として口にしたのが、今年4月1日に総重量8トン以上のトラックにの高速道路での最高速度が時速80キロから90キロに引き上げられたという点。警視庁が有識者会議を設け、衝突被害軽減ブレーキなどの安全装置の性能が向上したことなどを理由に道路交通法の施行令が改正された。
橋本 「閣議決定に私、すごく反対していて…。要は、今まで走っていた動体視力より狭まるので、今まで以上に早く、見にくくなったその危険を察知しなきゃいけなくなっちゃうんですね」
新内 「そうなんですね」
橋本 「すごく…」
新内 「危ない」
橋本 「そう、危ない。本当に、この10キロ引き上げっていうのは良くないよっていうのを、ずっと言っているんです」
新内 「確かに一般ドライバーだったら、あまり分からない感覚かもしれないですね」
橋本 「はい。もう、全然違います。あと、あの長距離を10キロプラスして走らなきゃいけないっていうのは緊張感の連続なので。そして、やっぱり高速道路って、眠くなるんですよ。一定距離にライトがあったり、白線が来たりするから、その中で10キロ増やすっていうのは、 やっぱりちょっと危険が増すよなぁっていうのは感じますね」
新内 「本当に経験者ならではのお声だと思うんですけども、それは労働時間短縮のためだったりするんですか」
橋本 「そういう方向で国は動いていたみたいなんです。結局それが労働時間短縮、つまりはドライバーさんの為になるだろうという論なんですけど、全く実は違っていて…」
新内 「はい」
橋本 「急ブレーキを踏むと、運んでいる荷物が荷崩れを起こすんですね」
新内 「はい!」
橋本 「荷崩れをした時に、ドライバーさんが責任を取らなきゃいけないとかになるんです。日本の運送業界には、すごく古くて悪い商慣習があって、梱包材の段ボールにちょっとでも傷がついていると、中身は全くの無傷でもドライバーさんが弁償しなきゃいけないんです。こんな理不尽、ないですよね」
新内 「えーーっ!?」
橋本 「そういう意味では、これって源流にトラックドライバーさんの働き方改革があるんですけど、労働環境を良くしようとしているはずが結局、荷物の心配ばかりして、ドライバーさんの心配を全然していないっていう状況になってしまっているんです」
新内 「確かに、大変ですね」
そうした現状の根幹にあるのが、まさに「物流の2024年問題」。今年4月からトラックドライバーの労働環境改善を目指し、時間外労働の上限が960時間に規制されるようになったが、労働時間が短くなることで輸送能力が不足し、物流が滞ることが懸念されている。
新内 「『2024年問題』ですが、SDGs的には目標8の『働きがいも 経済成長も』につながっていく分野です。まずは、具体的にこの『2024年問題』ってどういったものなのか、教えていただけますか」
橋本 「トラックドライバーさん達って、今まで残業の規制がなかったんです。拘束時間と休憩時間のバランスで、何時間まで働いていいですよっていうふうになっていたんですけど、2024年4月1日から、それが時間外労働、要は残業が960時間に制限される。制限されることで、今まで運べていた荷物が運べなくなってしまう。これが、世間が気にしているとこ ろですよね。ただ、私自身は、もうちょっと違う面でこの『2024年問題』を捉えているんです」
新内 「はい」
橋本 「ドライバーさんって、もっと働きたいっていう方が実は結構いらっしゃるんですね」
新内 「そうなんですね」
橋本 「なんでかっていうと、多くのドライバーさんが歩合制で働いていらっしゃる。例えば長距離で、どこからどこまで行ったらいくらですよっていう感じで給料が決まるので、走った分だけ給料になる。要は、労働時間が短くなると給料が下がるんです」
新内 「あぁ、もう直結するんですね。歩合制だからこそ」
橋本 「ただでさえ、長時間労働の低賃金というのがすごく問題になっていて、中小型トラックでいうと12%ぐらい、他の全産業より賃金が安いんですよ」
新内 「そうなんですね」
橋本 「昔はすごく稼げていたっていうふうに言っていたんですけど、規制がいっぱいかかってしまったことで稼げなくなってしまった。なので、ドライバーさんは、いっぱい働きたいからっていうわけではなく、お金が減るんだったら働かなきゃいけないよねっていう意味で、『2024年問題』の本質っていうのは、ドライバーさんの為の働き方改革だったのに、結果的にドライバーさんの首を絞めてしまっている問題っていうふうに私は捉えています」
新内 「うーん。トラックドライバーさんも繁忙期とかってある気がするので、どれぐらい残業していいっていうのが決められちゃうと結構苦しくなってきますよね」
橋本 「苦しいですね」
新内 「それって何か厳罰とかあったりするんですか? 会社に」
橋本 「あるんです。もう今回は、刑罰として6カ月の懲役、30万円以下の罰金っていうのが しっかり決まってしまったんですよ」
新内 「じゃあ、もう絶対に守らなきゃいけない」
橋本 「はい。ただ、私がここで問題意識を持っているのが、運ぶ側だけに刑罰があるというところです。運ばせるほうに刑罰がないんですよ。規制措置はようやくつくられるようにはなったんですけど、法的措置はないんです。企業間輸送でいうと、荷物をお願いするお客さんって2人いらっしゃる。荷物を運んでくださいってお願いする発荷主さんと、その荷物を受け取る着荷主さん」
新内 「はい」
橋本 「難しいようだったら宅配で考えていただくといいですね。例えば、ECサイトで何かを買ったとすると、運んでほしいECサイトの会社さんが発荷主さんです」
新内 「はい」
橋本 「で、着荷主が自分になるんですね。それと同じように考えていただくと分かるんですけど、そうすると荷主さんのほうに罰則がない、宅配でいうと再配達が何回も無料でできちゃうのと同じ感覚です」
新内 「良くない!」
橋本 「そう。それが企業間輸送でも起きていて、宅配の現場だと不在票を入れれば宅配員さんって帰れるじゃないですか」
新内 「はい」
橋本 「でも、企業間輸送のドライバーさんって指定された時間に来たとしても、そのお客さんに『いやー、ちょっと待ってて』って言われたら、呼ばれるまで永遠に待たなきゃいけないんです」
新内 「自分個人の、少ない荷物じゃない。企業単位の荷物っていうことですもんね」
橋本 「そう。それを荷待ちっていうんですね。で、政府が出している試算では1.5時間が平均なんです。荷待ち時間の」
新内 「1日ですか」
橋本 「1カ所です」
新内 「1カ所で!?」
橋本 「うん、1カ所。でも『1カ所で1.5時間の荷待ち』っていうのを現場のドライバーさんに 『平均1.5時間だったよ』って言うと、『おぉ、優秀じゃないか! どこの荷主さんだ』って言うんです」
新内 「えーっ!」
橋本 「私が今まで取材してきた中で一番長い荷待ち時間は21時間半です」
新内 「えっ!? ちょっと待って」
橋本 「ここ、『SDGs』につながるところだと思うんですけど、『呼ばれたらすぐに入れるところで待っていてね』って言われるんです、待機所もないのに」
新内 「はい」
橋本 「で、呼ばれたらすぐに入れるところっていったら路上駐車しかないんですね」
新内 「そうですね」
橋本 「路上駐車で、トイレもない、コンビニもないところで、早いもの順で前のトラックの後ろにつくっていうのをやるじゃないですか。前の車がちょっと動くと、自分もつめなきゃいけない。だから、仮眠もできないんですよ。ずっと起きてなきゃいけない。21時間も」
新内 「えーーっ!?」
橋本 「さらに言うと、周りの人たちの迷惑になるからといって、それこそアイドリングストップをして待ちなさいって言われるんですね」
新内 「夏は暑いし、冬は寒いですよ」
橋本 「そう! SDGsの観点から言うと、すごく私ももどかしいんです。人の労働環境を考えるっていうのもSDGsですけど、アイドリングストップするのもSDGs」
新内 「まぁ、そうですね」
橋本 「はい。だけど、アイドリングストップして窓を閉めていると車内は50度とかになる。その中で21時間半も待たされる。さらにトイレがないから、ドライバーさんがどうするかっていうと、トイレに行かなくていいように摂取する水をちょっと少なくするんです」
新内 「危ない!」
橋本 「もちろん、労働時間を短くするっていうこともやっていかなきゃいけないんですけど、労働時間さえ短くすればドライバーの労働環境が良くなると思ったら大間違いなんですよ。ドライバーさんの働いている時間の中で、本業の運転時間って下手すると、待っている時間より短いとかっていう人もいるんですね。政府でも、荷待ちの時間をちょっと短くしましょうっていう動きはあるんですけど、4月1日に施行された後にドライバーさんに聞いたら、『いやいや、昨日は6時間待った』とか、普通に(笑)」
新内 「全然、まだ」
橋本 「そうなんです」
今回の放送で橋本さんに「2024年問題」について話を聞いた新内さん。労働環境の改善に向けて法整備がなされることについては「もちろん、ポジティブなこと」と捉えながらも、「法定速度をこれぐらいにしましょうみたいな時に、それに伴う緊張感とかが増えるっていうお話を 聞いて、『あっ、そういうとこもあるのか』と思いました」と“現場の声”に新たな気付きを得たことを明かした。SDGsの目標8「働きがいも 経済成長も」につながる難しい問題の本質を知り「荷物が倒れたらどうしようとか、ここまでにこの距離を行かなきゃいけないっていうプレッシャーが増えるとなると、そのバランスがすごく難しいなと改めて思いました」とうなずいた。
(後編につづく)