8月9日は「ムーミンの日」 森や海やムーミン谷の自然を愛するムーミントロールたちから考えるSDGs
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今日8月9日が「ムーミンの日」だということをご存知でしたか?作者トーベ・ヤンソンの誕生日である8月9日は、「ムーミンの日」という記念日として登録されているのです。実はムーミンの物語には、SDGsの17の目標や理念に通ずるものがたくさんあるようです。
今回は、トーベ・ヤンソンやムーミンに関わる書籍や展覧会、翻訳などの仕事も手がけている、ライターで編集者の内山さつきさんにお話を聞いてきました。
自身がマイノリティだったムーミンの作者トーベ・ヤンソン
ムーミンの物語の生みの親トーベ・ヤンソンはフィンランドの作家です。1914年8月9日にフィンランドのヘルシンキに生まれ、2001年6月に86歳で亡くなっています。
内山さんによると「ムーミンの物語の真髄は、SDGsと重なるものがあって、17ある目標の多岐にわたっている気がします」とのこと。
どうやらそれは、ムーミンというキャラクターや物語の内容だけではなく、作者トーベ・ヤンソンの生き方そのものからも言えるといいます。
ーーーそれはトーベ自身が同性愛者だったということが関係しているでしょうか?映画『TOVE』でも同性のパートナーとのシーンが描かれていました。
内山「そうですね。長らくフィンランドでは同性愛は病気だとみなされ、1971年までは違法でした。生涯のパートナーだったトゥーリッキ・ピエティラに出会ってから、トーベは授賞式やパーティーなどの席に彼女と一緒に出席しています。近年はLBGT先進国の一つのフィンランドですが、当時は相当な勇気がいることだったと思います」
ーーーマイノリティだったことが、トーベが書いたムーミンの物語に影響している部分はありますか?
「これは私がトーベ・ヤンソンを好きな理由の一つでもあるのですが、トーベは物語の中で、大きな声で自分の気持ちを言えない小さな存在についてもよく描いているんです。――そういう生き物をクニットと呼んだりするのですが――、『ムーミンパパ海へいく』のなかには、“どんな小さなクニットにだって、おこる権利はあるのよ”というリトルミイのセリフがあります。物語の主人公だけではなく、端っこのほうにいる小さいものたちにもすごく温かい目を注いでいる作家だと思います。そういうまなざしを持つようになったのは、おそらく彼女自身がマイノリティだったということ、それを公にできなかったという境遇、若い頃戦争がひどくなって自分の好きなことが大きな声で言えなかった時代を過ごしているという背景などがあるのではないでしょうか」
小さな島の暮らしを愛していたトーベは環境問題にも関心があったはず
1964年の秋、50歳になったトーベはフィンランド湾に浮かぶ「クルーヴハル」という小さな島に、自分たちで小屋を建てています。77歳になって衰えを感じるようになった1991年まで26年間、毎年パートナーのトゥーリッキと一緒に夏を過ごしたのだそうです。内山さんは2014年、そのクルーヴハルに実際に取材に行かれています。
内山「トーベはそのクルーヴハルという電気も水もない小さな島の暮らしを本当に愛していました。当然自然環境への懸念や環境問題にも関心があったと思います。例えば、フィンランドの島にあるムーミンワールドというムーミンのテーマパークは、環境に配慮し、野鳥が子育てをする期間などを避けて夏の間とその他少しの期間しか営業しません。トーベの自然に対する精神を受け継いでいる、とても素敵な場所ですよ」
ーーーそんなトーベ・ヤンソンが描いたムーミンたちは、いきいきと暮らしているイメージがあります。
内山「物語のなかでムーミンたちは、ムーミン谷という美しい自然の中で、自然と調和しながら生きています。『ムーミン谷の彗星』という本のなかで、彗星という脅威が地球に迫ってきた時のムーミントロールに、こんなセリフがあります」
「ああ、森や海や、雨や風、そして太陽の光や草やコケ、ぼくはどれも好きでたまらないのに。もしみんななくなってしまったら、ぼくはとても生きていけないな」
ムーミンやしきは誰にでも寛容で、鍵がかかっていない
ムーミンやしきは誰にでも開かれていて、ムーミンパパとムーミンママはどんな人でも食卓に招いてくれると内山さんはいいます。
内山「例えば、おばさんに嫌味を言われ続けて萎縮して、姿が見えなくなってしまったニンニという女の子が登場します。ニンニはムーミンやしきに預けられるのですが、ムーミンたちは縁もゆかりもないその子を温かく迎え入れて、一緒にごはんを食べるんですね。ムーミンママが、やさしくベッドに案内し、寝る前のおやつをあげるシーンにはほろりとします」
ーーーその精神って「すべての人に健康と福祉を」につながる感じがしますね。
「それをすごく意識して書いたわけではないと思うのですが、戦争中にあった思想の対立や、誰かが誰かを糾弾したり、迫害を受けたりするのを身をもって経験したトーベのなかで、誰でも自分らしくいられるムーミン谷という存在は大切なものとして育っていったのかなと思います」
ーーーそのニンニはどうなるんですか?
内山「ニンニはなかなか自分の姿を現すことができないのですが、リトルミイが“たたかうってことをおぼえないかぎり、あんたは自分の顔を持てるわけないわ”と言ったりして奮い立たせます。そして、ある事があってニンニが怒りを表明すると、姿が見えるように。自分の気持ちが言えなくて姿が見えなくなるくらい悲しい思いをしていた子も、ムーミン一家が自然に受け入れてくれているうちに自分自身を取り戻していく、というストーリーです」
この物語は、短編集『ムーミン谷の仲間たち』に出てきます。内山さんによると、これは世界中でファンがとても多いお話なのだそうですよ。
人に寛容であることや、どんな人でも受け入れること、個性を尊重すること、その人自身の存在を受け入れることを大切にしていたトーベ・ヤンソン。そのトーベが書いたムーミンの物語は、SDGsという概念がなかった時代に書かれていますが、今の時代の私たちに向けた大切なメッセージがたくさん散りばめられているような気がしませんか。まだムーミンの小説を読んだことがないという人は、ぜひこの機会に手にとってみてはいかがでしょうか。
アイキャッチ画像 Tove Jansson’s selfportait with the Moomins. © Moomin Characters™
執筆 / フリーライター こだまゆき
内山 さつき
ライター、編集者。旅・物語・北欧をテーマに雑誌や書籍で執筆・編集を行っている。著書に『とっておきのフィンランド』『フィンランドでかなえる100の夢』(共にGakken)。
北欧・フィンランドに関わるものでは特にトーベ・ヤンソンとムーミンに関わる書籍や展覧会、翻訳などの仕事も手がけている。
Instagram:@satsuki_uchiyama