お米が車を走らせるエネルギーになる? 宮城大学・三石誠司教授が語る「バイオエタノールがもたらす未来の風景」とは
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2020年10月日本政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。実現するためには、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量を減らしていく必要があり、現在さまざまな取り組みが行われています。
そんな脱炭素社会の実現に向けて、再生可能エネルギーのひとつとして注目されているのが「バイオエタノール」です。バイオエタノールは、植物由来のバイオマスを発酵させてつくられるバイオ燃料で、石油などの限りある化石燃料資源と違い、枯渇しない再生可能なエネルギーとして活用することができます。しかしながら、普及のためには農業や食産業との関係性など、さまざまな課題の解決が必要です。
そこで今回は、宮城大学食産業学群で教鞭を執り、書籍『アルコールで走る車が地球を救う 脱炭素の救世主・バイオエタノール』(毎日新聞出版)の著者のひとりでもある三石誠司教授に、これからのエネルギーであるバイオエタノールについて農業の観点から、いろいろとお話しいただきました。

バイオエタノールの持っている可能性とは
バイオエタノールは、サトウキビやトウモロコシ、木材などの資源を発酵させて製造される、バイオ燃料のひとつです。バイオ燃料をつくるための資源には植物のほか、もみ殻や廃食用油、家畜の糞尿などを活用することもできます。バイオエタノールは化石燃料と比較して、ライフサイクルにおける二酸化炭素の排出量が少なく、ガソリンなどに代わる燃料として大きく期待されています。
さまざまな資源からつくることができるバイオ燃料ですが、化石燃料の代用品として普及させるためには、資源となるバイオマスを持続可能な形で確保しなければならず、植物由来の資源では農業による生産が不可欠です。バイオエタノールのための農作物を確保することは、農業のバランスを大きく変えてしまうことになります。そして近年の国際情勢の変化から、「農業における課題にも大きな変化があった」と三石教授は話しています。
「ここ20年ほどの農業では、腸管出血性大腸菌O157に始まり、牛海綿状脳症(BSE)、鳥インフルエンザやアフリカ豚熱といった食の安全を脅かすものへの対策意識が高まっており、日本だけでなく世界中が食の安全に取り組んできました。ところが近年、ロシアのウクライナ侵攻でさまざまな物流が止まってしまったことをきっかけに、食の安全たるフードセーフティだけではなく食を確保するフードセキュリティの問題に注目が集まるようになりました」
日本の食料自給率はカロリーベースで4割弱となっており、多くを輸入に頼っています。そんな中で、食ではなくエネルギーに農作物を使うことに対して、さまざまな課題があります。
「食料自給率が低い日本の農作物の中でも、食料自給率ほぼ100%なのが米です。しかしながら、昔に比べると日本人の米の消費量も米農家も減っています。将来にわたっての食料安全保障を実現していくためにも、高い食料自給率を実現できているお米をもっと有効活用できないか。その一つの可能性として挙げられているのが、お米をバイオエタノールの資源とすることです」
農業と食産業の視点から見るバイオエタノール
かつての日本では、現在よりもたくさんの田んぼで米が作られていました。1967年には1,426万トンも収穫されていましたが、2023年には716万5,000トンと半分になっています。また作付面積も1969年には317万ヘクタールありましたが、2023年は134万ヘクタールと4割ほどにまで縮小しています。逆に言えば、日本にはまだまだ米をたくさん作るだけのポテンシャルがあるということです。さらに、農業技術の発展により面積に対しての収穫量も1.3倍ほど上がっており、よりたくさんのお米を収穫できる可能性があります。
「たくさん作った米を輸出するとなると、いわば国際貿易となるため、他の安い国との価格競争などいろいろなしがらみを考えなければなりません。これに対し、バイオエタノールを国内製造して国内で消費していく分には、そのようなしがらみはありません。ただ、日本人は米を食べること以外に使うことに心理的なハードルが非常に高いんです」
日本人は歴史的に、米を家畜の飼料に転用したりすること、まして工業用にすることなどには強い抵抗感があります。日本では米の過剰生産を抑え、米の価格を維持するために減反政策が行われ、1971年から2018年の廃止まで国が都道府県ごとに生産量を決め、農家ごとに生産量を調整してきました。これは、とれすぎてしまう米を食以外の新しい市場の創出ではなく、生産を抑制することで市場を管理しようとしたものです。現状のままでは、やがて米農家はいなくなり、食料を海外に依存することになりかねません。
一方で、他国では農作物をバイオエタノールに積極的に転用しています。ブラジルではサトウキビを砂糖とバイオエタノールの生産に使っており、1970年代からガソリンにエタノールを添加して使っています。アメリカでは2000年代以降、トウモロコシを使ってバイオエタノールの生産をしており、今ではアメリカが世界のバイオエタノールの半分を生産しています。
「なぜブラジルではサトウキビで、アメリカではトウモロコシなのか。さまざまな理由がありますが、共通しているのは”その国で一番生産に適した農作物だったから”。農家の方にとって作りやすく、生産のインフラが整っていてたくさん生産できるものだったからです。日本ならば、お米になるでしょう。作りすぎたものをどう使うかは、あとから知恵を働かせればいい。日本のお米も、生産を縮小させて需要に合わせるのではなく新しいマーケットを作るという議論をしていれば、また違った展開になっていたかもしれませんね」
米をバイオエタノールという新しいマーケットに活用することは、米の農業を活性化させ、減少している農家を守ることにもつながります。
「いろんな職業がある中で、なぜ農家だけを守るのかという議論も起こるでしょう。実はアメリカやヨーロッパでも、同様の議論がありましたが、”美しいこの国土の風景を守る”という結論になっています。日本では、秋になれば稲穂が実っている田園風景を、大事なものとして守るということですね。美しく伝統的な景色を守りたいということで、多くの国民の理解を得ています」
バイオエタノールに使われる米については、食用ではないため食味に向かない品質でも問題ありません。大量生産に向く品種で栽培したり、耕作放棄されてしまっているような田んぼでも作っておいたりすることができ、農家にとっては農地を最大限に活用することができます。また、米を食用や飼料にする場合はコンタミネーション(異物混入)なども気にしなければなりませんが、工業用となるバイオエタノールであれば、あまり関係ありません。そういう部分でも非常に楽に生産することができます。
「アメリカでは20年ほどかけて現在のような大量のバイオエタノール生産に至っていますが、初期の頃は小規模なプラントが乱立していました。農家の方が地元に小さなエタノール工場を作って、雇用を創出していたんです。それがある程度統廃合・再編の過程を経て、大きくなっています。プラント計画で大切なことは、とにかく地元にあるものを使うこと。効率などを考えて、遠くから材料を調達したりせず、地産地消で考えていくべきです。そうでなければ、持続可能なものにはなりません」
バイオエタノール普及への課題と今後の展望
バイオエタノールは、ガソリンの代替として自動車や船舶、飛行機などの燃料や火力発電などに利用することができます。しかしながら、製造や供給に関するインフラ整備の必要もあり、現状ではガソリンよりも割高でコスト面での課題があります。それでも、バイオエタノールの普及に向けて取り組んでいくことは次世代エネルギー問題を考えていく上で非常に重要です。


「バイオエタノールを事業として達成させるためには、相当な期間、腰を据えて努力を継続しなければならないでしょう。食料安全保障としても、環境保全やカーボンニュートラルといったさまざまな要素を考えつつ、先手を打ってさらに長期的な視点で、水田や米生産を未来まで残すにはどのような形が良いのかを10年20年先を見据えて、あらゆるレベルで考えていかなければなりません」
バイオエタノールはすでに、ブラジルやアメリカなどで実用の先行事例がいくつもあります。また電気自動車などのようにEV化をしていく場合は、車体そのものの買い替えや充電設備などが必要になり導入コストが非常に高くなりますが、バイオエタノールの場合は既存のエンジンなどをそのまま使うことができます。ガソリンに混ぜて使うこともできるので、導入ハードルは比較的低いものと考えられるでしょう。
「アメリカではカーボンクレジットのように税制上の優遇措置をしっかりと作って企業が参入しやすくしました。エタノール事業に資金を投資していくことに、なぜそこに国民の税金を使うのかと批判も起こるでしょう。しかしながら、近々の成果ではなく中長期的な目線で、今頑張っておけば子どもたちの代が確実に良くなる、ということをちゃんと説得できる政策として国に主導していっていただきたいですね」
バイオエタノールの可能性を開拓していくことは、単に再生可能エネルギーとして地球にやさしいエネルギーを得ていくというだけではありません。バイオエタノールを生産することが、日本の田園風景をよみがえらせ、その美しい景色を未来まで残していくことにつながります。
「現代社会においてはお米を生産することは、農業であると同時に食料とともに貴重な資源の生産インフラを守ることでもあります。日本全国にこれだけのグリーンなインフラがあるわけですから、これをいかに活用するかを考えなければなりません。ニーズが無いから作らないではなく、どれだけ活用できるか、という視点で考えていければよいのではないでしょうか。お米をバイオエタノールにすることは、お米を軽んじているわけではなく、使い方によってさまざまな可能性があるということをご理解いただきたいですね」
プロフィール
三石誠司(みついし・せいじ)
1960年生まれ。東京外国語大学卒業後、JA全農入会。飼料部・総合企画部・海外現地法人筆頭副社長などを経て2006年から宮城大学教授。ハーバード大でMBA、筑波大で修士(法学)、神戸大で博士(経営学)取得。農林水産省食料・農業・農村政策審議会委員、財務省関税・外国為替等審議会委員、全国大学附属農場協議会副会長などを歴任。2024 年から宮城大学副学長。専門は経営戦略・アグリビジネス・食品企業経営。著書に『空飛ぶ豚と海をわたるトウモロコシ』、訳書に『ローカル・フードシステム』など。