風力発電が環境や生物に及ぼす影響とは?「環境影響評価」から読み解く、再生可能エネルギーのあるべき姿
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今年の夏も全国的に暑くなりそうな気配です。クーラーなしで過ごすのは厳しい日が続きそうですが、気になるのがエネルギー問題です。WMO(世界気象機関)によると、昨年10月末までの世界の平均気温は、産業革命前に比べて約1.4度上昇し、その上昇率は年々早まっているそうです。地球温暖化に歯止めをかけるには、化石燃料の使用を減らし、再生可能エネルギーや省エネルギーなどのクリーンエネルギーにシフトしていくことが急務と言えます。しかし、日本の総電力量におけるクリーンエネルギーのシェア率は世界に比べてまだまだ低い状況にあります。そこで、農学博士で、再生可能エネルギーのひとつ「風力発電」にも詳しい石原元さんに、風力発電の現在や課題、期待することなどを伺いました。
風力発電の環境影響評価とは
現在、石原さんは秋田県の民間会社で風力発電の環境影響評価を行っています。環境影響評価は、発電所をはじめ鉄道や河川など環境に大きな影響を及ぼす13の事業を始める前に、実施すべき調査や項目などの具体的な手続きを定めた環境影響評価法に則って行われます。
「日本の環境影響評価法は1997年に成立し、1999年に施行されました。アメリカの環境影響評価法に準じる法律(NAPA)が公布されたのは1969年ですから、30年ほど遅れているんですね。環境評価を行うには、まず配慮書、その次にどういう調査をするのかを記した方法書を作り、方法書に基づく約1年の調査後に準備書、評価書の順に作るのが一連の流れになります。それだけでは不安が残りますので1年以上の事後調査を行い、事後調査報告書を作成します。この5つを『アセス5書』と呼んでいます」
この間、経産省に許認可をもらうのに時間がかかることもあり、環境影響評価には2年ほどかかるそうです。具体的にはどんな調査を行うのでしょう?
「自然の保持という観点から、大気環境、水環境、土壌環境の調査を行います。大気環境なら、大気質への影響や騒音、振動、電波障害、低周波音の調査ですね。風車を建てると地形や地質が変わりますのでそれも調べますし、基礎を掘りますから地下水などの水質調査も行います。また、動・植物の種類や数を調べあげた上で生態系の調査も行います。風車が建つことで景観を損なわないか、風車の影が家屋に与える影響、公園や遊歩道などの人間と自然の触れ合いの確保、資機材輸送時の梱包材などの産業廃棄物や基礎を掘った時に出る残土など廃棄物についても調べます」
風力発電が抱える課題、生物への影響
風力発電には2種類あります。ひとつは陸地に建てられる陸上風力発電、もうひとつは海上に建てられる洋上風力発電です。現在の洋上風力発電の主流は水深50メートル以内の場所に設置する着床式洋上風力発電ですが、それ以上の水深の場所に鉄のアンカーで海底と固定した土台を浮かべ、その上に風車を建てる浮体式洋上風力発電の実証実験も進んでいます。日本は狭い国土ながらEEZ(排他的経済水域)が世界6位と広いので浮体式に可能性がありそうですが、着床式、浮体式それぞれに課題があるそうです。
「風車が回るとどうしても騒音が出ますし、住民の方への低周波音の影響も調べます。これに関して、環境庁は『風車から低周波音は発生しない』と明言していますが、実際に健康被害を訴えている方がおられるので継続して調査を行っています。また、頂点捕食者が居なくなると生態系に与える影響は大きいので、猛禽類が風車と衝突してしまうバードストライクやコウモリ類によるバッドストライクも問題です。北海道ではイヌワシの衝突被害が多く、大きな課題です。温暖化防止は生物多様性の保護とリンクしていますが、絶滅危惧種の安全を脅かすとすれば、行き過ぎになります」
猛禽類はあまり沖合に出ません。魚が主食の猛禽類(ミサゴ)もいますが、沖合1キロまでいくことは稀で、沖合1キロ以遠の地点に建てる洋上風力発電に関しては、ほぼ問題ないと言われているそうです。また、魚類の中でも特にサメ・エイ類が専門で、ガンギエイ類の新種を発見したこともある石原さんは、洋上風力発電が海の生物に及ぼす影響の調査も行っています。
「季節ごとに魚を獲り、その種類と量を見ていますが、海の生態系に関してはあまりに複雑なので報告しなくてよいことになっています。いまは、『環境DNA』と言って、水を採るだけで、そこにどんな魚がいるか分かる時代になっているんですよ」
石原さんによると、これまで秋田沖ではあまり見られなかったサバやサワラが、温暖化の影響でどんどん北上してきているそう。他に、洋上で発電した電力を海底ケーブルで送電する際に発生する電磁波が魚類にもたらす影響や、風車が回る度に海面に落とす影が回遊魚に及ぼす影響についても調べているそうです。
「風車が物理的に魚の回遊を阻害しているという調査報告もあり、いまはサケやアユ、サクラマスが遡上する河口に風車は建ててはいけないことになっています。一方で、洋上風力発電は、岩礁地帯には建てられないので砂浜に建てるのですが、何もない海に貝類などの付着基盤が出来ることで魚の餌場になっているというプラスの効果もあります」
風力発電のある地域住民全員に利益の還元を
アメリカや中国では基幹電源としての地位を築いている風力発電ですが、日本の総電力量における風力発電の割合は1%程度です。なかなか普及しない理由はなんでしょうか?
「やはり、エネルギー政策の問題だと思います。水力、風力、地熱、太陽光といった再生エネルギーは、建設してすぐに発電できるものではなく、最短でも風力発電で3年、地熱だと5年ぐらいかかってしまいます。もっと早く進めていればよかったのですが、一度後れを取るとなかなか世界的マーケットでの失地は取り返せない。政府の方針で、どうしても原子力発電所を残しておきたいのかな?と思います」
かつて、日本は太陽電池の実用化で世界をリードしていましたが、現在の生産シェアはほぼゼロの状態。風力発電タービン(風車)を作っていた国産メーカーも今では全て撤退しています。
「日本じゃ売れない産業だと考えたのか、既にある欧米の技術に太刀打ちできないと判断したのか……。現在、風車の世界シェアのトップは中国です。右派の中には、中国製の風力発電機が増えれば日本の自然環境と社会環境の情報が中国に筒抜けになると言う方もいます。日本で風力発電事業を行っているのは日本の大手商社が多いのですよ」
大手企業が参入しているということは、事業として採算性があるということ。そこで石原さんは、その地域の住民の方にファンドを持ってもらい、20年後には銀行より率のいいお金が戻ってくるような仕組みを作ってもらいたいと考えています。
「風力発電は地方に建てられるわけですから、やはりその地域の皆さんに還元があってほしい。また、企業はその地域で利益をあげるのですから地域振興を図ってほしい。実際、国が事業者を選定する際にプロポーザル(提案書)を出すのですが、そこに地域振興策を盛り込まなければならなくて、そこも選定の評価点に響いてくるんです」
最後に、今後の再生可能エネルギーに対し、石原さんが期待することをお伺いしました。
「現在、日本の風力発電量は総電力量の1%もないので、2030年までに5%、2050年に20~30%ぐらいに持っていかないとカーボンニュートラルの実現は厳しいと思います。現在の発電電力をロスなく蓄電できる蓄電器の開発も進んで欲しいところです。もちろん、日本の全ての国民がもろ手を挙げて賛成している訳ではなく、忌避感のある方もおられるかと思います。しかし、人間は地球温暖化を引き起こしてしまいました。電気を使わないレトロな生活に戻る方法もありますが、現実的には再生エネルギーを使う方向にシフトするしかないのかなと思います。ですから、風力発電に限らず、地熱、水力や太陽光、バイオマスなどその地域にとって一番負荷の少ない再生可能エネルギーを選び、さまざまな発電様式を組み合わせ、日本全体の総電力量をあげていく必要があると思います」
取材・執筆/山脇麻生