剛力彩芽が戦場カメラマン・渡部陽一と考える「アフガニスタン問題とSDGs」
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女優、剛力彩芽さんと持続可能な開発目標「SDGs(エスディージーズ)」を学ぶニッポン放送の特別番組『SDGs MAGAZINE』。9月23日の放送には戦場カメラマン・渡部陽一さんがゲストとして出演した。テーマは「アフガニスタン問題から考えるSDGs」。極限の状況における人々の声に耳を傾けてきた渡部さんの切実で真摯な思いに、剛力さんも大きく心を揺さぶられた様子だった。
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1972年9月1日生まれ、静岡・富士市出身の渡部さんは、学生時代から世界の紛争地域を専門に取材を続け、戦場の悲劇、そこで暮らす人々の生きた声を伝え続けている。イラク戦争では日本人初の米軍従軍(EMBED)取材を経験。ほかにもルワンダ内戦、コソボ紛争、チェチェン紛争、ソマリア内戦、アフガニスタン紛争、コロンビア左翼ゲリラ解放戦線、スーダン・ダルフール紛争、パレスチナ紛争なども取材し、その真実を届けている人物だ。
剛力 「今回は、渡部陽一さんを迎えて、連日報道されているアフガニスタン情勢をはじめとした紛争地域の問題と、そこから繋がっていくSDGsの話を伺っていきたいと思います」
渡部 「楽しみにしておりました。精いっぱい向き合いますのでよろしくお願い致します」
お馴染みの穏やかな語り口調で切り出した渡部さん。SDGsにはゴール16として「平和と公正をすべての人に」が掲げられているが、紛争地域におけるSDGsを考える時、特に重要だと感じるのは「貧困」の問題だという。
渡部 「SDGsには、さまざまな入り口がありますが、紛争地をまわってきた僕が広く感じたのは『貧困』です。貧困によって、本来できることが全てできなくなる。貧困によって、武装勢力や過激派に引き込まれていく。貧困という問題が戦争のスイッチになっている現状があるんです。少しでも日々安定して暮らせる環境がつくられていけば、家族を守るために、戦う必要のない方法で暮らしを整えていくことができます。世界中の方々が連帯を組むことで、物や情報が共有されていくと、閉ざされた地域で貧困にぶつかっている方々の選択肢の幅を広げていくことができる。貧困に向き合った入り口、やり方、考え方が、僕が戦場で一番強く感じた(問題解決への)スイッチだと思います」
剛力 「なぜ、こうした紛争が起きているのか、日本人は特に遠い国の戦争や紛争って正直、私たちの話ではないよね、という考えになりがちなのかなと思います。でも、貧困って言われると、それって私たちが今当たり前にできていることができていないという意味で、身近な問題として理解しやすくなります」
渡部 「紛争地帯で出会った方に、私はいつも決まった質問をするんです。『幸せって何ですか?』と。すると、かなり多い割合で返ってくる答えが『やりたいことを自由にできること』というものでした。1日1度の食事を取ることであったり、学校で勉強することであったり、日本では当たり前の日常の一コマが紛争地では幸せの条件になっているんですね。そうした紛争地の声に現場で触れていると、やはり最初の入り口というのが貧困の問題になっているのを実感します。子供たち、高齢者の方々も、一日一日を生きることができるのか、生きるために武器を取らざるを得ないのか、他の領地に入らざるを得ないのか。一日一日を生きるために、選ぶことができない環境というのが、貧困の壁だと僕は感じています」
剛力 「それに対して私たちができることってあるんですか」
渡部 「戦場から日本に帰って来て強く感じるのは、日本の暮らしの中でも世界とつながるきっかけがたくさんあるということです。例えば、映画を見ることでも、本を読むことでも、ラジオを聴くことでも、友達に会いに行くことでもいいんです。これって何だろう、これを好きでやってみたい、というものに対して一歩踏み出してみると、踏み出した方しか気づかない発見であったり、感覚であったりが得られます。時間がかかっても、世界につながっていく入り口は、暮らしの中に、日常の中にかなりたくさんあると感じます。一つだけでも、相手のことを知ってみること、触れてみること、やりたいことをやってみること。これが日本の暮らしの中から世界につながれる入り口になるのだと思いますね」
剛力 「その意識、これからの時代は特に大事ですね」
渡部 「SNSやインターネットなどのバーチャルな世界でも、リアルでも、今は世界とライブでつながることができます。これからは、旅に出ることだけでなく、オンライン上でも、たくさんの方の感覚や声、熱量に触れることができますので、今できる環境の中で、本当はこれが好きなんだ、やってみたいという入り口をどんどんワンステップ入っていく。それが世界とつながるために、肩の力を抜いて、力まず、自分のスタイルでできることだと感じます」
さらに剛力さんは、このところ連日報道されているアフガニスタン情勢について「そもそもどういったことが起きているんですか」と率直な疑問を投げ掛けた。すると、渡部さんは現地で取材を重ねてきたからこその見解や思いを明かした。
渡部 「今、アフガニスタンで起きていること。それは厳格なイスラム教の教えを掲げたイスラム組織、タリバンが独自の国家をつくろうとしているという状況なんです。タリバンというのは、元々は『学生』という意味の言葉なんですね。イスラム教の教えを学んできた人たちが、さまざまな運動を起こして、国をつくっていこうという中で、そこに暴力性であったり、排他的なことであったり、差別的なことであったり、残虐な行いが入ってきた。本来、寛容な教えを持っているイスラム教の方々とはまた違う、厳格すぎる、そんな国をつくろうとしているというのがアフガニスタンの状況なんです」
剛力 「今は、どのような局面にあるのですか」
渡部 「タリバンは厳格なイスラム教の教えだけをその国にストンとはめこんで、そのルールを犯した者は一切許さない、日本や諸外国の人たちが民主主義や国民の声をじっくり聞いて、自由な暮らしをつくっていくということは基本的に許さない。タリバンという組織が、自分たちの教え以外のことをやった者を暴力で罰し、教えに沿うものだけで国家を運営していく。世界中にある国々とはちょっと違う、まるで中世のような世界が、そのまま21世紀の今に持ち込まれたようなシステムを理想とする国家をつくろうとしている。自由に暮らしたいと思っている女性や子供たちの人権が全て押さえこまれてしまい、外国の人たちが『それでは駄目じゃないか』『人権や自由を認めていこう』と言っても、自由を叫んだ人たちが拘束されたり、鞭打たれたり、酷いときには命を奪われるような環境に落とされたり、ルールというものがないような状況に陥っているんですね」
剛力 「最初にこれを掲げた人も多分、思いがあって始めたわけじゃないですか。それが何でこういうことになってしまうのですか」
渡部 「それは、まず一つあるのは先ほども話しました貧困という大きな壁。貧しい暮らしの中で、一人では生きていけず、地域の人たちが連帯を組みながら一日一日を暮らしていく。その暮らしのルール、支えというものが、宗教の考え方を土台にすることによって、気持ちや体のバランスを整えていく。入り口は宗教観が全ての始まりにあったんです。ただ、その教えが徐々に徐々に暴力的に尖っていき、そのルールしか絶対的に許さないという形になってきたのが、世界の過激派やテロリストの動き、そしてイスラム組織タリバンが掲げる厳格なイスラム国家の考え方なんですね」
剛力 「それに対して、私たちが何かできることはないのですか」
渡部 「アフガニスタンの話題をニュースで見ていると、いつも戦いばかり続いている印象がありますよね。でも、アフガニスタンに行くと、ほとんどの方がものすごく親日的で、温かい感情を持っています。それは何十年もの長い間、日本とアフガニスタンは政治のつながり以上に医療支援や教育支援だったり、生活を支えるインフラの支援であったり、お互い助け合ってきた環境がバックボーンにあるんです。そうした背景があるので、アフガニスタンの方々は日本に対して柔らかい感覚を持っている。タリバンの人たちも、その感覚は持っているんです。それだけにタリバンの政権は、日本がこれからも支援という形で関わるのであれば大歓迎すると言っている。でも、タリバンを否定したり、外国の勢力と軍事的なつながりを持って叩いてきたりしたときには、徹底的に対峙してぶつかっていく、と。柔らかい感覚を持ちながら、しっかりと線引きや危機管理をして、日本としてできる部分でアフガニスタンと常につながっていくことが今、国内に残された厳しい環境を強いられている方々への大切なライフライン、SOSの入り口になるんです」
剛力 「本当に、何か遠い国、違う国の話と言っている場合じゃないですね。まだまだ、私たち一人一人にできることはあるということですね」
渡部 「相手のことを一つだけでも知っておくことが大切なのだと思います。アフガニスタンという国の首都はカブール。イスラム教ってどんな考え方を持っている宗教なのか。多民族が暮らす共存の暮らしって、どんなものなのか。そうしたことを一つだけでも、カブールという首都の名前などを覚えておくだけでも、何か情勢が動いた時に、自分はこう思う、これって何だ、こういうふうにしてみたらどうだろうと、こちらから動くきっかけをつくることができると思いますね」
剛力 「知る、感じる、ということは大事ですね。これからの私たちにとって、とても大事な話を聞けました。最後に、渡部さんからSDGsの期限である2030年に向けた提言を伺いたいのですが」
渡部 「僕にとって、大きな力となってきた言葉があります。『さあ、旅に出よう』という言葉の力が2030年、世界中のみんなの共通言語になることを祈りたいですね。旅に出るというのは、世界中や国内の旅だけでなく、自分自身がやりたいことを自由にやってみるということ。それ自体が、挑戦の大きな力になると感じます。どんどん旅に出る、いろいろな経験、挑戦、アタック、やりたいこと、好きなことを自由にやってみる。そんな思いをみんなが共通して持てるときが、これから約10年後の2030年に来てほしいと信じています」
番組の最後、剛力さんは渡部さんの重い言葉を改めて噛みしめ、今後への熱い思いを表した。
剛力 「どうしても今いる環境でしかものを見られなくなりがちな中で、少し視点を変えるだけで全然違って見えるんだろうなと言うことをすごく感じました。渡部さんは現地に行かれて、実際にそれを目の当たりにしているからこそ、感じるものって、私たちが話を聞いたり、テレビを見たりするよりも、はるかに大きいと思うんですけど、ちょっと感覚とか視点を変えるだけで、もっともっと私たちができることもたくさんある。誰かのためにとかではなく、自分が何かをしたいからと行動することが、結果として何かにつながるという、その考え方もすごく大事なのだと思いました。人のため、人のためと思うと、これって本当に求めてもらっていることなのかな、やってもらってうれしいことなのかなと、どうしても考えてしまい、やめておこうという感覚になってしまう。そうではなく、自分がこれをやってみたいから挑戦してみようとなって、それが結果としてつながったら、やって良かったとなるし、さらに自分のやりたいことを増やしていこうという思いになる。本当に、そういう発想だったり、気付きだったりの部分で、まだまだ自分の中で目覚めていないものがたくさんあるんだなと、すごく感じて勉強になりました。伝える側としては、どんどんそういう視野も広げていきたいと思います」
穏やかながら、力強い渡部さんの言葉。剛力さんは「すごく心に刺さりました」と深い感銘を受けたようだ。