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地球のために生まれた電気自動車レース       「フォーミュラE」が広げるサーキュラーな技術と新時代のビジョン


この記事に該当する目標
7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに 12 つくる責任つかう責任
地球のために生まれた電気自動車レース       「フォーミュラE」が広げるサーキュラーな技術と新時代のビジョン

世界中にファンがいるモータースポーツ。なかでも、電気自動車(EV)のみで競い合う国際レース「ABB FIAフォーミュラE世界選手権(以下、フォーミュラE)」をご存知でしょうか? 燃料として使用される電気が全て再生可能エネルギーであるなど、環境に配慮したレースであることが特徴で、日本の多くのものづくり企業が参画し、それぞれの強みを活かした技術提供や協賛を行っています。

それに関連して、5月14日に東京都の品川インターシティホールで、サーキュラーエコノミーをテーマにした環境啓発イベント「RACE AGAINST CLIMATE CHANGE TOKYO」が行われました。このイベントは、日本の大手化学メーカーである帝人株式会社(以下、帝人)が協賛している「エンビジョン・レーシング・フォーミュラEチーム」を招き、エンビジョン・レーシングの関係者がフォーミュラEの開催理念を、ゲスト企業がサーキュラーな世界の実現に向けた取り組みについてディスカッションを行うというものです。

最先端EVテクノロジーを生み出す実験場

イベントの冒頭、帝人の内川哲茂社長は、「フォーミュラEは自動車レースにも関わらず環境を破壊しない、最もグリーンなレース。中でも、エンビジョン・レーシングは『Race Against Climate Change(地球温暖化に挑むレース)』をミッションとして掲げる最もグリーンかつカーボンニュートラルなチームで、そのイデオロギーが(帝人と)合致していた」と、エンビジョン・レーシングへ協賛する理由を語りました。

次のパネルディスカッション第1部には、エンビジョン・レーシングのマネージングディレクター兼CTOのシルヴァン・フィリッピ氏と株式会社AESCグループCEO 松本昌一氏が登壇。フォーミュラEのプレゼンターでもあるサンダース・カーマイケル・ブラウン氏がモデレーターを務めました。

冒頭、フィリッピ氏は「このレースは単なる競技ではなく、環境対応型技術の実証実験の場として機能している」と語り、車体の40%にリサイクル素材を使用し、タイヤの年間使用量をF1の10分の1以下に抑えるなど、レース運用にも循環型の思想が浸透している点に触れました。
AESC松本氏は、自社で展開するバッテリーのリサイクル技術について紹介。「使用済みバッテリーの状態をAIで診断し、再利用可能なものは再流通へ、それ以外は高純度で素材を抽出する仕組みを構築中だ」と話し、バッテリー原料の安定供給とコスト削減を両立させるため、国際的なリサイクルネットワークを構築中であると語りました。

ふたりは「電動モビリティの普及においては、高効率で高耐久のバッテリーと、再生可能エネルギーとの接続が重要」であると強調し、第1部は「技術開発は環境規制の潮流と対立するものではない。課題解決の先には『このクルマに乗りたい』と人の心が動く未来がある」というポジティブなメッセージで締めくくられました。

サーキュラーと事業成長を両立するために

第2部では、株式会社esaの米久保秀明氏の進行のもと、モビリティ分野のサービスを提供するGlobal Mobility Service株式会社 中島徳至氏、電動車椅子を展開するWHILL株式会社 内藤淳平氏、帝人の八木穣氏が登壇しました。冒頭、米久保氏が客席に「サーキュラーと聞いて、思い浮かべるイメージは?」と問いかけ、「環境に良い」が圧倒的1位で、2位の「義務」を大きく引き離す結果となりました。
米久保氏は「サーキュラーには、ポジティブとネガティブの両方のイメージがありながら、両者は相関関係にある。今日は登壇者の皆さんがそれをどう捉えているのか伺いたい」と語りました。

持続可能な社会を実現するためのビジョンについて中島氏は「モノがリサイクルされるのと同様、ヒトの再挑戦を応援することも非常に重要だと考えている。」と語り、その中で出た「人のサーキュラー」という言葉のインパクトに、登壇者が身を乗り出す場面もありました。

内藤氏は、移動を支えるパーソナルモビリティに、機能面だけではなく、デザインにも“ワクワク”という感情価値を加えることで、環境配慮を超えた設計を目指すとしました。八木氏は素材メーカーの立場から「リサイクルによって資源を循環させることはもちろん重要ですが、素材メーカーとしては、耐久年数の長い素材を提供することでもサーキュラーに貢献できると考えています。そして、ワクワクするモノは大事に使うから長持ちする。その視点も重要だと考えています」と、サーキュラーを考える上での複数の視点について語りました。

「具体的な取り組み」についての質問が飛ぶと、中島氏は、「遠隔で車を停止させるシステムを提供することで、ローンのリスクを下げ、これまでローン審査に通らなかった人にも車を提供可能にしました。
支払いが滞った場合は車を回収・再流通させる仕組みで、車の再循環も実現しています。」と語りました。
内藤氏は帝人と連携した再生プラスチックの活用を例に挙げ、「再生材を使うことが気持ちいいと感じる製品設計を目指している」と述べました。

この後、八木氏は高強度、高弾性、耐熱性などの特徴を持つ合成繊維であるアラミド繊維などのリサイクル技術や、デジタルプロダクトパスポート (DPP)への対応に関して紹介しました。
そして、3者ともコストをどう抑えるかが今後の課題だとして、コストを上回る価値づくりの重要性に言及。八木氏が「リサイクル素材を進んで使いたくなる物語を付加することで、新たな価値を創出できる可能性がある」として、第2部を締めくくりました。

コモディティ化する社会で、地球に優しい物語がメーカーの付加価値になる

ディスカッション後、内川社長は、「エンビジョン・レーシングに協賛を決めた当初は、世間もEVのサーキュラーに関して懐疑的だったし、我々のケミカルリサイクルに関しても、誰もが『そんなことはできない』と思っていました。私自身、フォーミュラEがこのような大きな大会になるとまでは思っていませんでしたが、それでも帝人は環境課題にチャレンジする会社なので、大会の趣旨に共感して協賛を決めました。結果、大会が発展し、我々の露出も増え、大変嬉しく思っています」と思いを語りました。
続けて、「フォーミュラEは、帝人がどのような未来の社会を支える会社になりたいのかを体現してくれる大会。サーキュラーを実現しようという啓発イベントであることを社員や皆さんにお見せ出来ることが一番大きな意義だ」と述べました。

また、ディスカッションを振り返り、「各企業のサーキュラーな取り組みについて知れて非常に有意義なイベントになりました。例えばWHILLの内藤さんは、『100m先のコンビニに行けない方が、ハンディキャップを感じないようなものを作る。それは、眼鏡のようなもの』と仰っていました。確かに、眼鏡を選ぶときは、強度よりも見た目で選びますよね」と語った。
また、「AIの発達によって、製品のコモディティ化は現在よりもさらに早くなります。そのような時代では技術だけではなく、ストーリーが付加価値になるでしょう。重要なのは、社会が本当に望んでいるものは何かという視点で、フォーミュラEは、その視点を1年に一度改めて思い出させてくれる場だと捉えています」と、参画の意義を改めて強調しました。

続く八木氏の囲み取材では、「ディスカッションではサーキュラーエコノミーにおけるデザインの重要性に話が及びましたが、素材メーカーとしてどのような取り組みをなさっていますか?」との質問が飛びました。「今までは、いかに安く、効率的に、高性能のものを大量に作るかが大前提でしたが、循環を前提に考えると、接着剤ひとつとっても剥がせなければならないし、そもそも接着剤を使わない方法はないか?など思考から変えていく必要があります。それに伴い、デザインの方法論や修理のしやすさも考える必要がある。ものを売るのが大前提のメーカーとしては、非常にチャレンジングな取り組みになると思いますが、やりがいもあります。帝人は単なる素材メーカーではなく、素材を中間材料として部材に成形するなど幅広い部分もやらせていただいているので、そこに自分たちのポテンシャルを感じています」と語りました。
フォーミュラEを起点に、サーキュラーエコノミーに取り組む各社のビジョンや今後の課題が具体的に見えるイベントを通し、未来のモビリティや持続可能な社会に思いを馳せることができた貴重なひと時でした。


取材・執筆/山脇麻生