法的トラブルを「対話」で解決。|法の空白地帯に挑む日本発のテクノロジー
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法的トラブルに直面した際、誰もが公正な解決を受けられる環境を整えることは、持続可能な社会を築く上でとても重要です。SDGs目標16でも「平和と公正をすべての人に」が掲げられていますが、現実にはトラブルを抱えた人のうち、実際に弁護士などの司法サービスにアクセスできているのはわずか2割に留まります。残る8割の多くは、高額な費用や煩雑な手間などに阻まれ、公正な解決を諦めているのが実情です。こうした深刻な課題に対し、独自のテクノロジーを駆使して誰もが取り残されない社会を目指しているのが、株式会社AtoJです。


「少額未払い」に特化した日本初の民間オンライン紛争解決
司法の恩恵を受けられない多くの事案の中でも、フィットネスや病院、公営住宅などでの「少額未払い」を巡るトラブルは、司法へのアクセスが困難な領域といえます。その最大の要因は、費用対効果の悪さです。数千円から数万円の未払いに対し、弁護士を雇い、裁判を行うのは現実的ではありません。
この誰もが諦めていた領域に風穴を開けたのが、株式会社AtoJの共同創業者であり弁護士の冨田信雄氏と森理俊氏です。かつて法律事務所で2万件を超える膨大な案件に対し、数多くの支払えていない人と直接話した経験を持つ冨田氏は、ある一つの答えに辿り着きました。
「未払いの多くは悪意があるのではなく、単なるうっかりやコミュニケーション不足によるもの。しかし、今のシステムではそれぞれが抱える事情をきちんと聞く余裕がない」。
この課題を解決するため、同社は「対話」による解決を目指すODR(オンライン紛争解決サービス)「OneNegotiation(以降、ワンネゴ)」を立ち上げました。日本で民間企業が法的紛争を扱うには、法務大臣の認証が必要という非常に高いハードルが存在します。株式会社AtoJが認証取得までに要した期間は、3年4ヶ月。関係省庁との丁寧な協議を重ね、少額・大量の未払いを扱う国内唯一のプラットフォームを整えたのです。


まさに「ワンネゴ」の仕組みは、従来の常識を覆しました。これまで、電話やメール、手紙など、とても多くの時間とお金をかけていた未払いの「通知」ですが、「ワンネゴ」上で、名前・金額・連絡先のデータを入力するだけで、一度に多数に送ることが可能。メールを受け取った側は、スマートフォンの画面から「いつまでには払える」「分割なら払える」「身に覚えがない」「オンライン弁護士調停を希望する」などの選択肢をタップするだけ。法律に詳しくない人でもきちんとした回答を自ら作成できる上に中立なシステムを介することで、双方ともに安心して対話ができます。


これまでキャッシュレス決済などフィンテックがどれほど進展しても、未払いに対する法的プロセスはアナログで不透明なままでした。そこに「ODR」(オンライン紛争解決)という全く新しい技術革新をもたらした同社の試みは、次世代の社会基盤そのものといえます。
ワンネゴによる「寄り添い」と「関係性の修復」
「ワンネゴ」やODRがもたらすメリットは一つではなく、債権者と債務者の「関係修復」という点にもあります。
冨田氏は、これが機能する具体的なポイントとして、未払い者が抱く「後ろめたさ」や「向き合えなさ」への寄り添いを挙げます。
実際に顔を合わせなくて済むオンライン上での解決は、「直接話さなくていい」という安心感を生み、これがリアルの裁判所では実現できない心理的ハードルの低下をもたらしました。また、サービスの設計上、一方的な支払いの指示ではなく、未払い者が自分で次の行動を選べるようになっているので、対話が促進されているという体感値をしっかりと得られます。
こうした中立な場での「対話」は、支払えていないというモヤモヤした感情を解消し、スッキリした気持ちで会員復帰やサービスのリピート利用といったポジティブな行動を促すのです。
さらに「ワンネゴ」の可能性は、未払い問題の解決に留まりません。創業者の両氏は、近隣トラブルやSNS上の誹謗中傷といった、感情的な対立が深まりやすい領域への応用も視野に入れています。当事者同士が顔を合わせず、オンライン上で調停人を介して対話できる仕組みは、あらゆる紛争を解決へ導くポテンシャルを秘めているからです。それだけでなく、将来的にはAIによる話し合いの促進や、相互理解を深める提案機能が加われば、テクノロジーによって複雑な感情のもつれも、スムーズな解決が期待できます。


司法を民主化し、誰もが公正に守られる未来へ
日常に溢れる小さなすれ違い。こうした身近なトラブルを放置せず解決へ導くことは、公正な社会を創る上で欠かせません。
株式会社AtoJという社名は、SDGs目標16が掲げる「Access to Justice(司法へのアクセス)」に由来します。そんな彼らが開発した「ワンネゴ」は、司法から取り残された人々を救い、社会の安心を守るデジタル時代の法的インフラとして、今までにない価値を創り出しています。ITテクノロジーで司法を「みんなのもの」にする挑戦は、まだ始まったばかり。この日本発の試みが、誰もが公正に守られる未来の土台となっていくでしょう。
執筆/フリーライター 北原沙季





